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【社会】

原発事故後、生徒7割減 福島・避難区域の小中校

 東京電力福島第一原発事故で避難区域となった福島県十二市町村で、移転した小中学校に通う児童・生徒数が、事故前に比べ約七割減少したことが、各教育委員会への取材で分かった。

 二〇一〇年度は一万二千四百二十四人だったが、一五年度は三千六百八十七人となっている。事故から五年近くたっても避難指示解除の見通しが立っていない所があり、避難先で授業を続ける学校も多い。子どもたちは各地に散らばり、大幅減につながっている。今後も減少に歯止めがかからず、休校や統合が加速しそうだ。

 十二市町村は南相馬市、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町、飯舘村、川俣町、葛尾村、田村市、川内村。原発事故で避難区域となり、一部は解除された。

 避難区域内にあった小学校は三十六校、中学校は十九校の計五十五校で、このうち浪江町の小中六校が休校し、南相馬市の小学校一校が統合。住民票を基にした就学対象者は一五年度で計一万百二十九人いるものの、多くが避難先の自治体にある別の学校に通っているとみられる。

 事故後、減少幅が最も大きい自治体は、千四百八十七人から十九人(1・3%)に減った富岡町。次いで浪江町の千七百七十三人から三十六人(2・0%)、双葉町の五百五十一人から二十人(3・6%)。

 南相馬市の一部、田村市都路地区、川内村、広野町の小中学校はいったん避難したものの、その後、元の場所で再開したが、通学する子どもの数は事故前の三〜六割程度にとどまる。

 全村避難が続く飯舘村が昨年十二月、保護者に行った意向調査では、回答者の七割超が元の学校へ戻らないと答えた。

 現在も避難区域がある自治体の教育関係者は「避難先の学校になじんだ子どもは戻らないし、保護者には放射線への根強い不安もある。学校の維持は厳しくなる」と話している。

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