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【社会】

東京パラリンピックに向けて伝えたい 妻が聴覚障害 歌のユニット「アツキヨ」

ライブをするアツシさん(左)とキヨさん=東京都足立区の千寿小で

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 聴覚障害がある妻と、健常者の夫の歌のユニット「アツキヨ」が、二〇二〇年東京パラリンピックに向け、障害への理解を深めてもらおうと、東京都内の小中学校で講演ライブ活動を続けている。夫の歌やギターに合わせ、妻が手話を取り入れた振り付けで踊り、歌う。子供たちに伝えたいのは「夢をあきらめないで」という思いだ。 (石井敬)

 「両手の人さし指を向かい合わせて曲げてください。これが手話の『あいさつ』です」。東京都足立区千寿小学校で先日開かれたライブ。キヨさん=佐々木清美(39)=と舞台に並んで立った夫のアツシさん=厚(41)=が、全校児童約五百人に語りかけた。「ごあいさつ」という歌に合わせ、子供たちが元気よく手話を操る。

 山形県出身のキヨさんは三歳になる前に重い難聴と診断された。高機能補聴器の助けで、やっと音が聞こえる。自分の声の音程も分からないが、幼い頃に松田聖子をテレビで見て以来、歌手になるのが夢だった。

 二人の出会いは二〇〇一年。上京して会社員生活を送りながら、音楽のパートナーを探していたキヨさんは、足立区の北千住駅前で偶然、アツシさんが歌っているところを見かけた。フリーターをしながら歌手を目指していたアツシさん。その「響きのある歌声」が「私にも聴き取りやすい」と思った。デュオを組みたいと頼み、手話をもとに独自に考案した振り付け「サインボーカル」を担当することになった。二人の姿は話題となり、六枚のCDを出した。高校生の英語の教科書にも取り上げられた。

 しかし、次第に活動が減り、アツシさんは一二年末に所属事務所を辞めた。それから半年余り。会わずにいて、お互いの大切さに気付いた二人は結婚。昨年夏には長女が生まれた。「歌の音」という言葉から「かのん」と名付けた。キヨさんには、赤ちゃんの夜泣きの声が聞こえない。タクシー運転手のアツシさんが育児休暇を取得し、子育てを支える。

 二人は昨年から荒川区と足立区の小中学校などで、東京パラリンピックに向けて障害者理解などを進める授業に呼ばれ、講演ライブを続けている。これまで十五校以上を回った。

 <♪きっとだれもが/奇跡を起こす力をもってるよ/あきらめちゃダメさ>。ライブで必ず歌う曲「Kiseki〜もうすぐ起こる奇跡を信じて」の歌詞だ。「今までの『あきらめなければなんだってできる』というテーマに加え、夫婦として『家族愛』や『絆』の大切さも伝えていきたい」とアツシさん。キヨさんは「もっと都内全域の学校を訪ねていきたい」と意欲的だ。「東京五輪・パラリンピックの開会式や閉会式で歌えたらいいな。今まで出会ったすべての人に、音楽を通して恩返しをしたい」

 

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