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【社会】

惜別 消えゆく復興小 中央区立城東小が建て替え

再開発にともなう改築を前に、「校舎お別れ会」が開かれた中央区立城東小学校=22日、東京都中央区で

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 関東大震災(一九二三年)後に建てられた復興小学校の一つ、東京都中央区立城東小学校(八重洲二)が、JR東京駅前の再開発事業で取り壊され、高層ビルに入る。防災に強い帝都再生のシンボルとして、旧東京市が建てた復興小学校は頑丈な造りと窓や柱に曲線や曲面が多用された個性的な外観が特徴。三〇年までの七年間で百十七校ができたが、建て替えなどに伴い、多くが姿を消しつつある。 (北爪三記)

 二十二日に城東小学校の同窓会による「校舎お別れ会」が開かれ、多くの卒業生らが学舎との別れを惜しんだ。

 校舎は、二九(昭和四)年に完成。鉄筋コンクリート造三階建てで、広い廊下や階段の円形の窓など、当時とほとんど変わらぬ姿で八十八年の歴史を刻む。

 四年生まで同校に通った団体役員の瀬尾隆史さん(67)=練馬区=は「懐かしい。東京駅のすぐそばに、こんな古色蒼然(そうぜん)とした小学校があること自体がすごいと思う」と誇らしげに話す。

 五〇年に卒業した野口福子さん(80)=豊島区=は、四五年五月の空襲で自宅が焼かれ、一カ月半ほど校舎で寝泊まりしたこともあった。在校当時は屋上から東京駅のホームや富士山が見えたといい、「周りにビルが増えて、きょうは来るのによく分からなかったぐらい」と苦笑い。「昔の頑丈な造りで、まだきれいなのにもったいない」と廊下の柱を手でさすった。

 元会社員の横井義雄さん(67)=三鷹市=は「取り壊しは時代の趨勢(すうせい)だからしょうがない。新たなスタートを切ってほしい」と望んだ。

 同校を含む八重洲二丁目の再開発事業は、国家戦略特区を活用し、ビジネス拠点やバスターミナルなどを備えた高さ二百四十五メートルのビルを建てる計画。二〇二二年八月に完成予定で、城東小は一〜四階に入居する。現校舎は今年九月以降に取り壊される。

◆鉄筋校舎の先駆け、現存14校

 教育環境の平等を理念とした復興小は、統一した規格で造られた。鉄筋コンクリート造三階建てで、耐震・耐火。高い天井や光が届きやすい大きな窓、児童が避難しやすい広い廊下などは共通するが、外観デザインは全国から集められた優れた建築士が自由に競ったという。戦後、全国に広がる鉄筋校舎の先駆けともなった。

 現存するのは十四校。中にはほかの施設に転用されているものもあり、現役の学校は七校だ。うち四校がある中央区では城東小のほか、一九二八年に建てられた阪本小(日本橋兜町)も建て替えが始まる。

 母が城東小に通い、復興小の保存活動に取り組む建築士の大橋智子(さとこ)さん(63)は「復興小学校は地震に強く、コの字形の校舎で校庭を取り囲んで児童の安全に配慮するなど、今の小学校に必要なことが盛り込まれていた」と話す。「歴史的な意味からも、その空間を残すような再開発をしてほしい」と願う。

 

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