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【社会】

軍属の朝鮮人 「戦犯」の苦しみ 遺骨75年ぶり「帰郷」

奉還供養を終え、李永吉さんの遺骨を抱く李鶴来さん=6日、東京都東村山市の国平寺で

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 先の大戦中に日本軍の軍属として東南アジアで捕虜監視員となりBC級戦犯とされた後、日本で死亡した朝鮮人男性、李永吉(イヨンギル)さんの遺骨が今秋、朝鮮半島に戻ることになった。六日、東京都東村山市の国平寺(こくへいじ)で奉還供養が営まれた。李さんは服役中に心の病を患い、療養所で終生暮らした。知人らは「彼の中で戦争は死ぬまで続いた。故郷の妻子とも別れたきり。不条理を超えた酷な人生だった」と悼んだ。 (辻渕智之、写真も)

 李さんは現在の韓国に近い北朝鮮の出身で、遺骨は国平寺が預かっていた。七十五年ぶりとなる「帰郷」は韓国の団体が協力し、南北軍事境界線に近い韓国側の墓地に安置される。

 供養に参列した在日韓国、朝鮮人の元BC級戦犯らでつくる「同進会」の李鶴来(イハンネ)会長(92)=板橋区=によると、李永吉さんは一九四二年、植民地下の朝鮮からスマトラ島に送られた。軍命令の下、捕虜収容所で監視に当たったが、戦後に現地で連合軍に捕まり、捕虜虐待の罪に問われて懲役十年の判決を受けた。

 ジャカルタの刑務所で服役しているとき、統合失調症を発症した。五〇年に東京の巣鴨プリズンへ移され、翌年には千葉県にある国立の療養所に入った。そこで四十年を過ごし、九一年夏に七十八歳で亡くなった。

 同進会は韓国で新聞広告を出すなど肉親捜しを続けてきたが、故郷に残した妻子の消息は今もつかめない。一方で李永吉さんの死は、李鶴来さんらにとって、「日本政府に、在日韓国、朝鮮人の元BC級戦犯らへの謝罪と補償を求めて九一年秋に提訴する決断を促した」という。

 李永吉さんは療養所で夏に花火の音が聞こえるたび「艦砲射撃だ」とおびえた。「戦争が頭にこびりつき、終わったとの自覚が最期までなかった。日本のために尽くし、戦犯とされたショックで発症したと思う」。遺骨を胸にし、李鶴来さんは「生まれた国に帰れるだけでも、ほっとしています」と感無量の表情をみせた。

 

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