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【社会】

日航機墜落32年 慰霊登山 「今年も会いに来たよ」

「御巣鷹の尾根」にある「昇魂之碑」の前でシャボン玉を飛ばす子どもたち=12日午前10時36分、群馬県上野村で

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 乗客乗員520人が亡くなった1985年の日航ジャンボ機墜落事故から12日で32年となり、遺族や関係者が墜落現場となった群馬県上野村の「御巣鷹(おすたか)の尾根」に慰霊登山し、犠牲者を悼んだ。

 遺族にとって三十三回忌の節目の年。久しぶりに訪れる人や、今後も登山を続けると決意を新たにする人がいた。高齢化が進んで体力の不安を抱える遺族も多く、つえを頼りに歩く姿が見られた。

 夏空の下、遺族らは午前十時半ごろから墜落地点に建てられた「昇魂之碑」の前で黙とう。子どもたちがシャボン玉を飛ばすと涙を流す人もいた。「安全の鐘」を鳴らして事故の再発防止を祈願した。

 副操縦士だった叔父佐々木祐(ゆたか)さんを亡くした熊本県八代市の医師佐々木雅人さん(57)は三十三回忌に合わせ、約三十年ぶりに登った。「『来るのが遅くなりました』と墓標に語り掛けた。これだけ多くの人が亡くなった航空事故を風化させたくない」と話した。

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 妹吉田仁美さん=当時(28)、めい有紗ちゃん=同(三カ月)=ら三人を亡くした奈良県御所市の自営業田仲威幸(たけゆき)さん(67)は「子煩悩で家族は幸せいっぱいだった。どこか遠くでみんな一緒に暮らしている気がする」と語った。

 午後には日航の植木義晴社長(64)も尾根に登って献花。夕には麓にある「慰霊の園」で追悼慰霊式が開かれる。

 日航によると、この日尾根に向かった遺族は正午現在、六十八家族二百七十六人。毎年八月十二日に慰霊登山する遺族は近年、悪天候だった二〇一四年を除いて三百人前後で推移しており、事故発生三十年の一五年は過去最多の四百六人が登った。

<日航ジャンボ機墜落事故> 1985年8月12日午後6時56分、乗客乗員524人を乗せた羽田発大阪行き日航123便ジャンボ機が群馬県上野村の山中に墜落し、520人が死亡した。死者数は単独事故としては世界の航空史上最悪。87年、当時の運輸省航空事故調査委員会は、78年に起きた尻もち事故で圧力隔壁の修理にミスがあったことが原因と結論付けた。群馬県警は業務上過失致死傷容疑で米ボーイング社や日航、運輸省の計20人を書類送検したが、全員不起訴処分になった。

 

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