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【社会】

小池氏、虐殺の認識語らず 「歴史家がひもとくもの」

関東大震災時に虐殺された朝鮮人犠牲者らを悼み、追悼碑に献花し手を合わせる人たち=1日、東京都墨田区で(安江実撮影)

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 関東大震災から一日で九十四年を迎えた。混乱の中で多くの朝鮮人が虐殺された史実は、戦前の公文書などにも記されているが、東京都の小池百合子知事は同日の記者会見で、虐殺の事実関係を巡る認識を問われ「歴史家がひもとくもの」などとして明言を避けた。小池知事は今年から、都内で開かれる追悼式への追悼文送付を取りやめており、式典出席者からは、小池知事の歴史認識を問う声が上がった。 (榊原智康、花井勝規、飯田克志)

 墨田区の都立横網町(よこあみちょう)公園では同日午前、朝鮮人犠牲者の追悼式が開かれ、出席した約五百人が、不当に命を奪われた人たちを悼んだ。しかし、例年実施されてきた都知事と墨田区長の追悼文読み上げは行われなかった。

 「いろいろ歴史の書の中で述べられている。さまざまな見方がある」。都庁の定例会見で、虐殺について小池知事はこう答えた。

 さらに「虐殺の事実はどう認識するか」と質問されたが「書かれているものがある。どれがどういうのかというのは、歴史家がひもとくものではないか」と述べ、事実を認める言葉は聞かれなかった。

 追悼式実行委員長の宮川泰彦さん(76)は「歴史家の判断として逃げているだけで、虐殺否定論の上に立っているとしか思えない」と批判。「人の命を大事にせず、歴史的事実を自らの歴史観から否定するのなら知事としてふさわしくない。追悼文をやめたのもこれが本意だったと思う。学校現場など他分野にも影響が広がるのでは」と危惧した。

 一方、東京都と同様に当時朝鮮人虐殺があった埼玉県熊谷市では、市主催の朝鮮人犠牲者追悼式があり、富岡清市長が百五十人の参列者を前に追悼のことばを読み上げた。

 富岡市長は「災害の渦中に巻き込まれ、混乱に乗じて伝えられた流言を信じた心ない人たちによって、罪のない方々が犠牲になられたことは誠に残念だ」とした上で「再び過ちを犯さぬことを誓う」と述べた。

◆史実 戦前の公文書記載

 一九二三(大正十二)年九月一日に関東大震災が発生すると、「朝鮮人が暴動を起こした」などのデマが広がった。あおられた民衆がつくった「自警団」などの手で、多数の朝鮮人や中国人らが虐殺された。

 政府中央防災会議の報告書によれば、朝鮮人虐殺は当時の行政などの公的記録から確認できる。司法省の「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」では、二百三十三人が殺害されたことが分かる。起訴事件分だけで一部にとどまる。

 朝鮮総督府の東京出張員が調べたという文書「関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル影響」では、殺された「見込数」として、東京約三百、神奈川約百八十、埼玉百六十六など計約八百十三人を挙げている。

 東京都公文書館所蔵の「関東戒厳司令部詳報」中の「震災警備ノ為兵器ヲ使用セル一覧表」は、軍の記録だ。軍隊の歩哨や護送兵の任務遂行上のやむをえない処置として十一件五十三人の殺害が記録されている。 (辻渕智之)

 

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