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【社会】

幻の「スマトラ新聞」復刻 日本占領下の暮らし 刻々

1944年元日のスマトラ新聞を前に話す江沢誠さん=東京都千代田区で

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 アジア太平洋戦争中に日本の軍政下におかれたインドネシア・スマトラ島で発行された邦字紙「スマトラ新聞」がインドネシア国立図書館で計九十四号分見つかり、「ゆまに書房」(東京都千代田区)から復刻版が刊行された。日本国内では一号分しか現存が確認されておらず、「幻の新聞」とも呼ばれてきた。監修に当たった評論家の江沢誠さん(67)は「占領後を含めたインドネシア史の研究に貴重な情報を提供してくれる」と語る。 (小佐野慧太)

 日本占領下の東南アジアの国々では、日本国内の新聞社が母体となって新聞が作られることが多かった。スマトラ新聞を実質的に製作したのは同盟通信社(現共同通信、時事通信)と地方紙十三社がシンガポールに設立した「昭南新聞会」。東京新聞も加盟社に名を連ねていた。

 スマトラ新聞はスマトラ島パダンに発行所を置き、占領の翌年の一九四三年六月に創刊された。表裏二ページで、一面にアジア太平洋戦争の情勢、二面にスマトラ島の記事を主に掲載。終戦の頃まで約六百五十号が発行されたとみられている。インドネシア国立図書館が新聞を所蔵していることは、九二年の中国文学者鈴木正夫さんによる発見で知られていたが、その後に再び見つからなくなっていた。昨年に江沢さんが調査に訪れたのを機に、別の新聞の箱に紛れているのが見つかった。

 発見されたのは四三年十月一日から翌年一月二十日までの新聞。「島内の新聞だからこそ分かることは多い」。四四年元日の紙面には「決戦の年と誓はん今年こそ」の見出しで、スマトラ方面最高指揮官ら軍上層部の訓示が並ぶ。「こうした記事からは、戦犯として裁かれた軍人たちの動向が分かる」

 この期間には現地住民の政治参加も進められた。日本に協力的だった北部のアチェ州で、州ごとの議会である参議会の設置が決まった時の様子を「アチェは旗の波 吉報に狂喜」と報じた。江沢さんは「住民が望んだインドネシアの独立に当時の日本は消極的だった。政治参加を広げるという妥協策に対する住民の支持を誇張する記事で、いかにも空々しい」と評する。

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 江沢さんがスマトラ新聞に興味を持ったのは、日本軍が島内で建設を進めたスマトラ横断鉄道の研究のためだった。「資料に乏しく、現地の新聞なら何か分かるんじゃないかと探していた」。実際、新聞には日本の映画会社が現場撮影を予定しているという記事などが載っていた。映像が残されていないか調査する足がかりになったという。

 復刻版には国内現存分を含む計九十五号分を収録した。江沢さんは「研究する人によって見えてくるものは違う。役立ててもらえれば」と期待する。A3判で全一巻、三万七千八百円。問い合わせは、ゆまに書房=電03(5296)0491=へ。

 

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