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【社会】

「経済援助で拉致進展を」 北朝鮮から帰国15年 蓮池薫さんに聞く

インタビューに答える蓮池薫さん

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 北朝鮮政府が日本人拉致を認めた二〇〇二年九月の日朝首脳会談を受け、拉致被害者五人が翌月に帰国してから十五日で十五年。五人に続いて祖国の地を踏んだ被害者はいない。日朝交渉は滞っており、高齢化する未帰国の被害者家族らは焦りの色を濃くする。日本政府は拉致問題の全面解決に向け、どう取り組んでいくべきなのか。北朝鮮で二十四年間を過ごした拉致被害者の一人、蓮池薫さん(60)が共同通信のインタビューに応じた。

 −北朝鮮が核実験やミサイル発射を繰り返す現状をどう見るか。

 「北朝鮮にとって核とミサイルの開発は、体制を懸けた問題だ。米国にとっても深刻な危機で、簡単に解決できず、長期化するだろう。国際社会からの圧力に日本も歩調を合わせる必要がある」

 −拉致問題はどう交渉に持っていけるか。

 「国際社会が圧力を高め経済的に追い詰めたとき、北朝鮮にとって日朝関係は一つの突破口になり得る。軍事分野に使われないような経済援助を条件に、拉致問題を解決するための準備を今からしておくべきだ。拉致問題の進展は北朝鮮にとっても利益になる」

 −どんな経済援助ができるか。

 「北朝鮮は電力事情が良くない。老朽化した発電、送電設備の整備なら、軍事転用は難しい。国際社会に理解を得られるこうした見返りを提示して、生存者を取り戻す交渉をすべきだ」

 −生存者はどれくらいいるだろうか。

 「分からないが、多くの人が生きている可能性が高い。私もそうだったが、拉致被害者は自由がない代わりに生活面や医療面は保障されている。私が横田めぐみさんを見たのは一九九四年が最後だが、北朝鮮が出してきた死亡の証拠はでたらめだ。二〇一四年の日朝合意では、北朝鮮が拉致を再調査することになった。〇二年に発表した『八人死亡』を白紙にしたことを意味する」

 −蓮池さんらが帰国できたのはなぜか。

 「私は北朝鮮の特殊機関に所属していたが、九〇年代後半に残っていたのは私ら夫婦と地村保志さん夫婦だけ。残りの日本人は分散させられた。私たちには子どももいて、帰国させても再び北朝鮮に戻ってくると思われたのだろう」

 −この十五年の生活は。

 「妻も子どもたちも元気だ。北朝鮮が〇六年に初めて核実験をしてから、日本社会が制裁一色になった。拉致問題が遠のいてしまうとの危機感から講演活動を始め、今は全国で月に二、三回拉致問題を訴えている。若い人は、私のことも拉致問題も知らない人が多い。家族会の皆さんが高齢化して活動が難しくなっている中で、私にも世論をつないでいく責任がある」

 −選挙戦をどう見ているか。

 「全ての与野党が、北朝鮮問題、特に拉致問題への見解と取り組み方の公約を掲げてほしい」

<はすいけ・かおる> 新潟県柏崎市生まれ。中央大在学中の78年、柏崎市の海岸から(旧姓奥土=おくど)祐木子さん(61)と拉致された。北朝鮮で祐木子さんと結婚、2子をもうける。現在は新潟産業大准教授として韓国語や朝鮮半島の文化を教える。

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