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【社会】

原爆は怖い だから描く 原爆ドーム3000枚 集大成の1枚寄贈

原広司さんが原爆ドーム近くの広島市立本川小に寄贈した油絵

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 これまで描いた原爆ドームの絵は三千枚以上。「自分がこの世からいなくなっても絵を見て核の恐ろしさ、平和の大切さを感じてほしい」。長年にわたりドームを見つめ続けてきた広島市の被爆者が不自由な体を奮い立たせ、集大成となる縦一メートル、横一・六メートルの大作を描き上げ、今月、市内の小学校に贈った。

 作者は広島市安芸区の原広司(ひろし)さん(86)。ドーム沿いを流れる元安川のほとりで描くのが定年後の日課だった。色紙に下絵を描き、ピンクや緑の水彩絵の具で色を付けていく。絵筆は川の水をすくって洗った。「多くの人がこの川で命を落とした。魂がこもった水だ」

 十三歳だった一九四五年八月、原爆投下の翌日に市内へ入って被爆した。焼け野原となり、遺体の臭いが充満した街の様子を「絶望の黒色」と例える。

 時が流れ、平穏に包まれる現在のドーム周辺。手掛けた数々の絵はあの時に見た景色と違い、暖かい色彩にあふれる。

 昨春、油絵に着手した。しかし今年初め、自宅の風呂場で転倒。体が思うように動かなくなり介護施設に。絵を描くことはほとんどなくなった。

 「どうしても完成させたい」。週数回、自宅に戻っては少しずつ彩色した。娘に体を支えてもらい、ドームの姿を思い浮かべながら一心不乱に完成させた。青空を背景に、キャンバスいっぱいのドーム。これまでの水彩画同様、優しい雰囲気に仕上がった。

 今月五日に絵を寄贈したのはドーム近くの市立本川(ほんかわ)小。原爆投下の際、校内では児童と教職員約四百人が亡くなった。原さんが語り部として何度も児童に被爆体験を証言した思い入れのある場所だ。

 絵は児童が海外の子どもたちとの交流で使う部屋にある。吉岡克弥校長は「原さんの思いを受け止め、訪れる子どもたちに絵のことを語り継いでいきたい」と話した。

 「さようなら」。贈呈後、原さんは絵に手を振り、心の中で語り掛けた。「今後百年、どうか子どもたちを見守って」

 

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