東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

「悲しみ少しだけ癒えた」 建設アスベスト 逆転勝訴

夫秀男さんの遺影に判決を報告する栗田博子さん=27日、東京都千代田区の東京高裁前で

写真

 建設アスベスト(石綿)訴訟で初の二審判断となった東京高裁判決は27日、一審から一転して国とメーカーの責任を認めた。大工だった夫と次男の2人を亡くした原告の女性は「すごくうれしい」と述べ、元大工の原告男性は、全ての被害者救済を求めて闘うと訴えた。(加藤豊大、山田祐一郎)

 「二人を失った悲しみが少しだけ癒えた気がする」。原告で、横浜市南区の栗田博子さん(77)は判決後、東京高裁前で声を震わせた。ともに大工だった夫の秀男さん=当時(72)、次男の圭二さん=同(40)=を相次いで亡くした。

 秀男さんは中学卒業後、夜間高校に通いながら大工の仕事を始め、その後、父の工務店を受け継いだ。生まれた息子二人も秀男さんの背中を追って大工になり、一緒に住宅の建設や増改築を手掛けてきた。

 秀男さんは休日には少年野球チームの監督を二十年間務めるなど体を動かすことが好きで、大病を患ったこともなかった。しかし二〇〇七年の夏、アスベストを吸い込んだことによる肺がんと診断された。全身の痛みを訴え続け、〇八年の七月に亡くなった。

 博子さんの悲しみが癒える間もなく、一〇年春には圭二さんもあおむけで寝られないほどの背中の痛みを訴え始め、肺がんと診断された。直前に婚約し、秋に結婚式を控えていた。メモ帳に「結婚生活がしたかった」と残し、その年末、家族や婚約者が見守る中、自宅で息を引き取った。

 「つらくて何も考えられなくなった。でも、行動に移さずにはいられなかった」。頭には二人と同じ現場で作業をしていた長男(54)のことが浮かんだ。アスベストの潜伏期間は数十年に及ぶケースもあるとされ、いつ健康被害が顕在化するか分からない。「アスベスト問題は終わっていない」。全ての被害者に対する救済を求めるため、横浜地裁の一陣訴訟で秀男さん、二陣訴訟で圭二さんの遺族として原告となった。

 今月二十四日の二陣訴訟の判決。圭二さんに対する国の賠償責任が認められた。そして迎えたこの日。一陣訴訟の控訴審判決で、秀男さんに対するメーカー三社の賠償が認められた。

 「もし夫の分だけ認められなかったら、天国に何て報告したらいいか分からなかった。すごくうれしい」と目を潤ませる。「全国には同じ思いの仲間が多くいる。今回の判決が各地の訴訟の弾みになれば」

<アスベスト(石綿)被害> 極細の繊維状の天然鉱物。日本には1960〜70年代に大量に輸入され、建材などに広く使われた。吸い込むと肺がんや中皮腫を引き起こし、潜伏期間が数十年に及ぶケースもある。現在は製造や使用は禁止。兵庫県尼崎市での健康被害発覚を契機に、2006年に石綿健康被害救済法が施行され、労災が適用されない被災者に医療費などが支給されている。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報