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【社会】

MRJで聖火運んで 64年東京五輪 輸送隊の一員

1964年東京五輪の聖火を輸送した福井裕さん=奈良県大和高田市で

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 2020年東京五輪の聖火空輸を、特別な思いで心待ちにする元航空整備士がいる。1964年東京五輪で国産プロペラ旅客機「YS11」による輸送隊の一員だった福井裕(ゆたか)さん(84)=奈良県大和高田市。米統治下の沖縄を歓喜の中、送り出され、自衛隊機に守られながら運んだ。日本で2度目の夏季五輪まで28日で1000日。福井さんは、20年大会も開発中の国産ジェット機「MRJ」を使った空輸実現を期待している。

 六四年大会の聖火リレーは同年九月に沖縄で始まり、その後、鹿児島、宮崎、北海道の三地点から四コースに分かれて東京を目指した。沖縄から各地に聖火を運んだのが、初の国産旅客機YS11。開発が遅れ、直前まで試験飛行していた試作2号機を全日空がチャーターし、自社の塗装を施した特別機だった。

 全日空の整備士だった福井さんはYS11の完成が迫った六三年秋、製造会社に出向。だが翌六四年六月ごろ、突如呼び戻され、同機の整備に必要な国家資格を取るよう命じられた。間近で機体を見た経験を生かし、わずか二カ月で試験に合格。特別機の飛行前後に必要となる整備・点検役として、聖火輸送に同行することになった。

 迎えた九月九日。沖縄は熱気に包まれていた。「建物の屋根の上まで人がいた。空港なのに、聖火の煙がもうもうと上がっていて驚いた」。機内で聖火は炭坑用のカンテラを改造したトーチランプ三つに移され、特注で作った臨時の「聖火台」に固定された。

 上空では自衛隊機が周辺を囲んだ。北海道に向かう途中、乱気流に遭遇し、機体は激しく揺れたが火は無事だった。五輪組織委員会の職員に「消えたらどうするのか」と尋ねると、懐炉で種火を携帯していると教わり、入念な備えに驚いた。

 「一日中、与えられた整備と点検で目いっぱい。余裕はなかった」。役目を終え、羽田空港に戻って初めて「五輪の一端を担わせてもらった」と感動がこみあげた。

 二〇年東京五輪では初の国産ジェット旅客機MRJでの輸送が期待されているが、開発が遅れ、聖火輸送に間に合うのか不透明な状況だ。それでも福井さんは「率直な気持ちとして見てみたい。実現してくれれば」と願っている。

 

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