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【社会】

座間9遺体 犠牲・西中さんのバンド仲間ら追悼

西中さんについて「誰からも愛される存在だった」と報道陣に語るバンド仲間たち=12日、神奈川県横須賀市で

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 「助けてやれず悔しい」。神奈川県座間市のアパートで九人の遺体が見つかった事件で、犠牲になった同県横須賀市の福祉施設職員西中匠吾(しょうご)さん(20)のバンド仲間が十二日、市内のライブハウスで取材に応じ、同志がミュージシャンとしての将来を奪われた悲しみを語った。 (福田真悟)

 「みんなの弟のような存在だった。腹が立ち、許せない」。西中さんの所属するロック系バンドのリーダー寺田敏也さん(34)は、無念さをにじませた。

 昨年十月ごろ、バンド「BYE BYE NEGATIVES」のベーシストとして西中さんを迎え入れた。一九八〇〜九〇年代に活躍した米国のバンド「ニルヴァーナ」を目標にした仲間たち。西中さんが技術を磨こうと先輩ミュージシャンをスタジオに誘い、指導を受けようとしていた姿が印象に残っている。

 「音楽に向き合う姿勢が熱心で、酔いつぶれた人を率先して面倒見てあげる優しさもあった。誰からも愛されていた」

 今年六月下旬から約一カ月、体調を崩して入院したが、退院してからは再びバンド活動への強い意欲を見せていたという。

 別のバンドのメンバーで、親交のあった西川裕也さん(29)は八月中旬、西中さんを車で自宅に送った際、こう言われた。「来年は裕也さんたちと一緒にツアーしたい」。数日後、米国の人気ロックバンド「フー・ファイターズ」のライブを一緒に見た寺田さんは「人波をかき分けて最前列まで行って、『俺もあんなふうになりたい』って興奮していた」と振り返る。

 西中さんが同月二十九日に行方不明になってから、仲間たちはツイッターに写真を掲載し、情報提供を求めてきた。「生きていてくれれば」との願いは、届かなかった。

 所属バンドは台湾でのライブを予定し、メジャーデビューも目指していた。寺田さんは「海外ツアーをすごく楽しみにしていたし、CDも出したかったと思う。ものすごく悔しい。助けてやれなかった」と肩を落とした。

 西川さんは「引退するまで、毎回が追悼ライブのつもりでステージに立ちたい」と誓った。

 

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