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【社会】

銀座の華、昭和史刻み幕 名門キャバレー「白いばら」来年1月閉店

キャバレー「白いばら」=東京・銀座で

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 戦前からの歴史を刻む、東京・銀座のグランドキャバレー「白いばら」が来年一月十日、施設の老朽化を理由に閉店する。「あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」がキャッチフレーズ。地方出身のホステスたちのお国ことばでの接客が人気だった。キャバレー不況を乗り越え、盛況が続いていただけに惜しむ声は絶えない。 (梅村武史)

 銀座三丁目の中央通りから有楽町寄りにある「ガス灯通り」の一角。店の外壁に大きな日本地図が張られ、ホステスの名前を出身都道府県とともに紹介する。白と黒の市松模様の床の上に真っ赤なソファが並び、一段高い場所にステージがある。

 イラストレーターのなかだえりさん(43)=足立区=は十年前から通う。「内装やショーも魅力的ですが、アットホームな雰囲気が大好き」。四十年来の常連という江戸川区の会社役員岡村義裕さん(74)も「銀座なのに素朴なムードがある。心を癒やしてくれるオアシスだった」と話す。

 五十年以上店で働いた元店長の山崎征一郎さん(75)らによると、創業は満州事変が勃発した一九三一(昭和六)年。三六年の二・二六事件前夜には、来店した青年将校が「あすの号外を楽しみにしろ」とうそぶき、軍刀で観葉植物を切って立ち去ったという逸話も残る。

 戦前は何度も店名を変え戦時中には店舗が焼失。五二年に現在の「白いばら」の名で再出発した。キャバレーは高度経済成長とともにブームとなり、ステージには無名時代の歌手美輪明宏さんや、落語家の立川談志さんが上がった。横綱の大鵬や北の湖も客として訪れた。

 客足のピークは一九七五年ごろ。酒場の多様化につれキャバレーは斜陽産業となり、多くのライバル店が姿を消した。そんな中、店内での雪合戦などユニークなイベントや料理のレベルアップなどで集客に成功。店のあかりを守ってきた。

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 現在も、昼間に百貨店で働く女性など二百人超のホステスがいるが、ノルマも罰金もチップもない。働きやすい環境が、客の居心地の良さにもつながるという経営理念が背景にある。山崎さんは「銀座という場所なのに若いサラリーマンにも来てもらえた」と振り返る。

 活況が続く店を閉めることについて、三代目オーナーの大住一誠社長(54)は「木造の建物の傷みが激しく、災害時に客やスタッフの安全を確保することが難しい。店を愛してくれた方々には申し訳ない」と説明。現在は入場を制限しており、営業終了に伴う特別な企画の予定もない。「静かに幕を下ろしたい」と言う。

<キャバレー> 風俗営業法で定められる飲食店で、バンド演奏のステージやダンスホールを備えホステスが接客する。1960〜70年代の最盛期は全国で200店超があった。中でも大規模店は「グランドキャバレー」と呼ばれ昭和の歓楽街のシンボルだった。現在、都内で「白いばら」以外にグランドキャバレーを名乗る店は「キャバレー太郎」こと福富太郎さんが創業した「ハリウッドチェーン」の赤羽店と北千住店がある。

 

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