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【社会】

16年、娘を捜しています 突然行方知れず…85歳父奔走

16年前に行方不明になった娘の美香さんを捜す後藤日出男さん=東京都江東区で

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 「この十六年、あきらめと、いちるの望みと…」。後藤日出男さん(85)が絞り出した言葉に、過ぎた年月の重さを感じた。東京湾を望む東京都江東区の都営住宅にある自宅で、次女・美香さん=当時(30)=を捜す日々を振り返った。

 米中枢同時テロで大騒ぎになっていた、二〇〇一年九月十三日。日出男さんは自宅を出て警備員の仕事に向かった。「お父さん、行ってらっしゃい」。美香さんの声が背中で聞こえた。いつもと同じ、朝の光景だった。

 夕方、仕事を終えて帰ると、美香さんがいない。いても立ってもいられず、エレベーターの前で待ち続け、気付くと夜が明けていた。それから十六年、ずっと美香さんの行方を追う。

 警察に届け出て、美香さんが行きそうな駅や店を訪ね回った。日出男さんの故郷の栃木県まで足を運んだ。探偵も雇った。三年が過ぎ、警察官の勧めで外務省に相談。北朝鮮による拉致の可能性が否定できない「特定失踪者」のリストに入った。それでも、自宅を出た後の足取りは一切分かっていない。

 毎年九月、警視庁の身元不明・行方不明者相談所が開設されると、必ず初日に訪れる。身元不明遺体の特徴をまとめた書類を見て、似た特徴がないと分かると「ほっとするけど、手掛かりもないわけで…複雑な気持ちです」。

 日出男さんは、十五歳から修業をした築地の仲買業者が数年で倒産し、ハイヤーの運転手をして家族を支えた。バブルが崩壊し、人員整理で失業。一九九九年に妻が脳梗塞で急死し、続いて長女も心労で入院した。そして、美香さんがいなくなった。

 「勉強はできたが、おとなしい子でね」。美香さんは中学でいじめに遭い、不登校に。高校でもいじめられ、中退した。家事を手伝い、夜は日出男さんの運転で近くの公園やお台場に出掛け、一緒に散歩や買い物をした。苦労が続いた後の穏やかな日々だった。

後藤美香さん(家族提供)

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 きちょうめんな美香さんの小遣い帳には、行方不明になる前日の九月十二日まで、買った物の商品名や値段、消費税まで、細かい字で記されている。十三日は、一年ほど前から通っていた歯科医院の最後の予約が入っていた。「そんな人間が自分の意思でいなくなるとは、どうしても思えない」

 今年は、政府が拉致被害者と認定した横田めぐみさん=当時(13)=が行方不明となって四十年の節目。「うちの子が拉致されたかどうか、正直なところ、よく分からない。でも、他の家族とのつながりができて、仲間同士で話すことができたから」と、拉致問題の解決も願っている。

 日出男さんは今も、当時と同じ自宅に長男(54)、長女(51)と三人で暮らす。美香さんは四十六歳になっているはずだ。行方不明直後に駅に張ったポスターは色あせたが、美香さんと同じ年ごろの乗降客に呼び掛け続けている。「娘を捜しています」 (谷岡聖史)

     ◇

 後藤美香さんに関する情報提供は、警視庁外事二課=代表03(3581)4321=へ。

 

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