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【社会】

<象徴天皇と平成>(1)憲法と平和 体現の29年 憲法学者・樋口陽一さん

中国・釣魚台国賓館に到着し、児童に出迎えられる両陛下。天皇陛下の訪中は「政治利用だ」という批判もあった=1992年10月23日、北京市内で(星野浅和撮影)

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 天皇陛下が2019年4月30日に退位されることが、1日の皇室会議で決まった。翌5月1日に皇太子さまが新天皇に即位し、平成に代わる新しい元号が始まる。平成の時代を象徴天皇として歩んできた陛下。その活動へ接した人びとの目に、象徴とはどのような姿に映ったのか。

 元号でモノを考える習慣のない憲法学者の樋口陽一さん(83)は、日常生活も論文も西暦で語る。平成が始まった一九八九年といえば、東西冷戦終結やフランス人権宣言二百周年が思い浮かぶ。しかし、「平成は」と問われれば「今の天皇のほかにない」と言う。「昭和天皇がやり残されたことを平成の三十年間で一つ一つ果たされてきた」と考えるからだ。

 天皇陛下は一九九二年十月に、歴代天皇として初めて中国を訪問した。中国は三年前の天安門事件で国際的に孤立。この時期の訪問は「天皇の政治利用」と批判された。

 中国での晩さん会で陛下は「わが国が中国国民に対し多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました。これは私の深く悲しみとするところ」と述べた。樋口さんは「昭和天皇がやり残したことを成し遂げた」と評価する。

 翌九三年に歴代天皇として初めて沖縄を訪問。八一年夏の記者会見で、日本にとって重要な四つの日に終戦記念日、長崎と広島に原爆が投下された日と並んで、沖縄戦が終結した日(六月二十三日)を挙げた。

 樋口さんは「六月二十三日は当時、左派の知識人でも重要な日とは思っていなかった。そのことは、現天皇が平和に対する非常に強い感受性を宿していることの証左」(仏紙「フィガロ」今年六月二十四・二十五日付)と論評している。

 今の天皇、皇后両陛下に初めて会ったのは、日本学士院会員となった翌年の二〇〇一年夏で、皇居・宮殿での昼食会に招かれた。昭和天皇時代と異なり、両陛下と皇族方は各テーブルを移動して懇談。「被災地で膝をついて住民たちに語りかけられる姿に通じているように思う」と樋口さんは語る。

 陛下は即位後の八九年八月の記者会見で「国民と共に憲法を守ることに努めていきたい」と述べているが、その後の記者会見でも「憲法順守」を繰り返し表明している。そのことを、樋口さんは「自由や民主主義を大切にし、戦争を起こさないように、という集約的なメッセージ」と受け止めている。御所に招かれたりした折にも、陛下の言葉から憲法への思いを強く感じるという。

 戦後の代表的な憲法学者・宮沢俊義(故人)は「天皇は『ロボット』的存在」と形容した。天皇の行為を内閣の統制下に置き、天皇の政治的行為を防ぐとの趣旨だが、樋口さんは「政府による天皇の政治利用を防ぐという意味で、今は逆にロボットにさせないことが必要だ」と考えている。

 政治利用の例として、一三年に安倍内閣が開催した「主権回復の日」式典を挙げ、「沖縄県知事が欠席するような集会に天皇、皇后両陛下を引っ張り出して、最後に(天皇陛下)万歳三唱を唱和した」と憂える。

 自身にとって平成とは何か。そう問うと、樋口さんはこう返してきた。「明君を得て象徴天皇制を安定に向かわせた時代。本当は明君がいらないのが国民主権の原則だが、明君に頼っているのが現状です」 (編集委員・吉原康和)

 

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