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【社会】

<象徴天皇と平成>(5)泣く人とともに泣く 絵本編集者・末盛千枝子さん

新美南吉記念館を訪問し、子どもたちと童話の朗読を楽しむ天皇、皇后両陛下=2010年6月15日、愛知県半田市で

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 十二月一日午前十時。天皇陛下の退位日を決める皇室会議が宮内庁で開かれていたころ、六・五キロ離れたカトリック高輪教会(東京都港区)に喪服を着た皇后さまの姿があった。聖心女子大の後輩で国際児童図書評議会(IBBY)の元会長、島多代さん=享年(80)=の葬儀が営まれようとしていた。

 一九九八年九月、インドで開かれたIBBYニューデリー大会で、皇后さまはビデオ出演による基調講演を行った。当初は出席する予定だったが、インドの核実験で急きょ中止に。IBBYの活動を通して親交のあった絵本編集者の末盛千枝子さん(76)は、島さんと一緒に皇后さまの相談相手になり、ビデオ出演の準備に奔走した。

 講演は世界中で感動を呼び、のちに「橋をかける」のタイトルで出版された。スピーチの核の一つに、愛知県半田市出身の童話作家、新美南吉の短編「でんでんむしのかなしみ」に触れる部分があった。

 自分の背中の殻に悲しみが詰まっていると知ったでんでん虫が、友達を訪ね「もう生きていけない」と嘆く。ところが、どの友達からも「私の殻にも悲しみがいっぱいだ」と言われ、最後に、自分は自分の悲しみをこらえなければならないことに気づく。

 皇后さまは子ども時代に家族から聞かせてもらったこの物語を講演で紹介し、「その後何度となく、思いがけない時に私の記憶に甦(よみがえ)って来ました」と続けた。

 被災地やハンセン病療養所など、悲しみや苦しみの中にいる人々の元へ行き、その傍らで寄り添うという平成流の皇室スタイル。末盛さんは、でんでん虫の物語が「活動の根幹に影響を与えた」とみる。

 講演の五年前の九三年末、島さんと連れだって、週刊誌のバッシング報道のショックで声が出なくなった皇后さまを葉山御用邸に見舞った。筆談用の紙と鉛筆を手にする皇后さまが気の毒で「カウンセラーに助けてもらうことはできないんですか」と尋ねた。

 「それはできないのよ」。かすかな声で答えた皇后さまは「こういうお話があってね」と、でんでん虫の物語を話し始めた。末盛さんは「人それぞれに悲しみがあり、それを自分で受け入れ、乗り越えなければならないと伝えたかったのだと思う」と振り返る。

 二〇一一年三月の東日本大震災。津波被害を受けた岩手県に自宅がある末盛さんは、すぐに被災地の子どもへ絵本を届けるプロジェクトを立ち上げた。全国から本が届き、皇后さまからも十九冊が寄せられた。その中に「でんでんむしのかなしみ」を収録した本もあった。絶版となった南吉全集の一巻で、手を尽くし、探してくれたものだった。

 末盛さんは若いころ、「象徴天皇」という言葉の意味がよく分からなかった。しかし、今はこう感じている。「喜ぶ人とともに喜び、泣く人とともに泣く。両陛下が実践するそんな存在は、象徴という言葉でしか言い表せないのではないか」 (石井紀代美)

 =おわり

 

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