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【社会】

<検証 南スーダンPKO> (1)襲撃された宿営地 突然、戦闘の中に

宿営地の防護訓練をする施設部隊=2016年10月、岩手県の岩手山演習場で

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 「鉄帽、防弾チョッキを着用!」

 二〇一六年七月十日、南スーダンの首都ジュバ。国連南スーダン派遣団(UNMISS)に送り込まれた陸上自衛隊に緊張が走った。紛争が再燃して四日目、戦闘は自衛隊の宿営地近くに飛び火した。

 宿営地は日本を含め、六カ国の部隊が同居する。自衛隊の区画から百メートル離れたビルに立てこもった反政府勢力と政府軍が宿営地を挟んで撃ち合いを始めた。銃弾は隊員三百五十人が避難した建物のすぐ上を飛び交った。

 きしむ音を響かせた政府軍の戦車が自衛隊の横で止まった。バスーン。発射音とともに振動が建物を揺さぶる。砲弾は反政府勢力がいるビル八階に大穴を開け、破片は真下の住宅地に落ちた。

 逃げまどい、宿営地に押し寄せる住民たち。ルワンダ軍が自らの区画に誘導する。住民に反政府勢力が紛れ込んでいるとみた政府軍はルワンダ軍に迫撃砲弾を撃ち込んだ。すると隣接したバングラデシュ軍が政府軍に発砲を始めた。

 幸い撃ち合いは日没に収まった。万が一、国連平和維持活動(PKO)の部隊が政府軍、反政府勢力あるいは地元住民らと敵対すれば大混乱は必至で、危険な事態だった。北海道の第十一旅団幕僚長の中力修一佐は当時、施設隊長として現地にいたが、他国軍の状況は分からなかったという。「後からバングラデシュ軍が発砲したと知り『なんてことするんだ』と思った。相手に宿営地を攻撃する口実を与えてしまうところだった」と振り返る。

 宿営地を他国部隊とともに守る「宿営地の共同防護」は安全保障関連法が昨年三月に施行されて以降、実施可能になっていた。あの時、政府軍がなだれ込んだら、自衛隊は発砲に踏み切っただろうか。

 中力一佐は「それはない」と言い切る。「自衛隊は道路補修を行う施設部隊です。UNMISS工兵科の指図を受けている。宿営地を守るのは治安維持を担う歩兵部隊の役割。同じ宿営地にいた他国の歩兵部隊が命じられることになる」

 安保法施行により、襲撃された民間人を救出する「駆け付け警護」も解禁され、安倍晋三内閣は昨年十二月に派遣された施設部隊に新任務として与えた。だが、駆け付け警護はまず南スーダン政府軍や警察、次にはUNMISSの歩兵部隊の役割だ。

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 結局、自衛隊が新任務に踏み切る場面はなく、「安保法は初めて適用された」というアリバイじみた実績を残して終了した。

 隊員とともに中力一佐が北海道に戻ったのは昨年十二月末。駐屯地は根雪に覆われていた。「ああ、寒いところに戻ったんだなあと。無事に全員を連れて帰れてほっとしました」

 自衛隊がPKOに参加して二十五年。専守防衛の自衛隊がどこまで関わるのか。議論は置き去りにされている。

    ◇

 南スーダンPKOを巡る日報隠蔽(いんぺい)問題が表面化して一年、部隊撤収からは半年が過ぎた。この間、自衛隊の日報隠しは国民の批判を浴びたが、PKOが残した課題は置き去りになっている。現地で何があったのか検証する。(編集委員・半田滋)

<南スーダンPKO> 2011年7月に独立した南スーダンを支援するための国連平和維持活動(PKO)。日本政府は12年1月から今年5月まで陸上自衛隊施設部隊を派遣、道路補修などに従事した。

 

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