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【社会】

<検証 南スーダンPKO> (2)変貌する海外派遣 陸自の「意向」最優先

一日を敬礼で締めくくる派遣部隊=2012年7月5日、南スーダンの首都ジュバで(半田滋撮影)

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 南スーダンへの自衛隊派遣は二〇一〇年、ヘリコプター派遣の検討から始まった。スーダンからの独立をめぐる住民投票に合わせ、投票箱の空輸を国連から要請されたからだ。

 陸上自衛隊で検討したところ、隊員は二百〜三百人規模となった。「大げさにすぎる。国連へは民間ヘリの活用を進言する」。結論は派遣見送りだった。

 政治が自衛隊を統制するシビリアンコントロールは国連平和維持活動(PKO)については建前の面がある。派遣の是非は「自衛隊の意向」が最優先される。

 翌一一年、近く立ち上がる南スーダンPKOに施設部隊を派遣してほしいとの要請が国連からあった。

 このときの陸自は驚くほど意欲的だった。元陸上幕僚長の折木良一統合幕僚長(当時)は会見で「派遣を仮定すればハイチPKOと二カ所になるが、体力的には可能だ」と明言した。

 この間に何があったのか。一〇年十二月に閣議決定された「防衛計画の大綱」で陸自は独り負けしていた。海上自衛隊と航空自衛隊の増強が認められる一方、陸自は定員千人減で、戦車、大砲も削減された。新たなPKO参加を陸自再興の弾みとする思惑があったとしても不思議ではない。

 もうひとつの理由は、中国の台頭である。米国は一九九三年のソマリアPKOで米兵十九人が殺害された事件をきっかけに部隊派遣をやめた。その一方で中国はアフリカで展開するPKOの大半に部隊派遣し、南スーダンPKOも工兵部隊を派遣している。

 本紙の取材に陸自佐官は「米国がやらないアフリカのPKOにこそ日本が参加すべきだと考えた」と話した。自衛隊が米軍の名代としても活躍すれば、中国の独り勝ちにブレーキをかけられるというのだ。

 折木氏は退官し、現在は海外で地雷処理するNPO法人「JMAS」会長を務める。今年三月、活動地でもあるアフリカ西海岸のアンゴラを訪れた。在留日本人三十数人に対し、中国人は二十万人から三十万人が働いていた。

 「日本がアフリカで米国と中国の間に入って対抗しようなんて無理な話。日本らしい能力構築支援をもっと大規模にやればいい」

 能力構築支援とは、PKO、国際緊急援助隊に続く、自衛隊三番目の国際貢献策だ。施設復旧、災害救助、衛生などの分野でアジア各国の軍隊を指導し、日本の影響力を高めていく仕掛け。対象国は、モンゴル、ベトナム、ミャンマーなど主に中国を取り囲む国々だ。

 いつのまにか自衛隊が中国包囲網の一角にいる。海外活動の特徴だった「人助け」「国づくり」の理念は変質を始めたのだろうか。 (半田滋)

 

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