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【社会】

「電通の改革、遠く難しい」 過労自殺2年 高橋まつりさんの母が手記

高橋まつりさんと母親の幸美さん(右)=2014年1月3日、旅行先のタイで撮影(幸美さん提供)

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 広告大手電通の新入社員高橋まつりさん=当時(24)=が二〇一五年十二月に長時間労働の末に自殺してから二十五日で二年となり、母幸美さん(54)が手記を公表した。電通の体質を改めて批判し、「私たちのような不幸な親子を増やさないために経営者や従業員、すべての人の意識を変えて、日本の社会全体で働く人の命と健康を守ってほしい」と訴えた。

 幸美さんは昨年十月にまつりさんの過労自殺を公表。電通は午後十時以降の全館消灯などに取り組み、今年七月には労働時間の削減を目指す基本計画を策定した。だが幸美さんは「いまだに社員は『厳しい上下関係や深夜勤務を乗り越えて成長した』という成功体験にとらわれ改革は遠く難しい」と指摘。「非常識な文化や成功体験を捨てて本気で実行に向かわなければ、また不幸な出来事を繰り返す」とした。

 法人としての電通が罰金五十万円の有罪判決を受けたことには「人の命が喪(うしな)われているのに責任があまりにも軽すぎる」とし、罰則強化や法律に違反し過労死を出した会社名の公表を求めた。

 政府は今年三月、残業時間の上限を「最長でも月百時間未満」とする規制導入を柱とした働き方改革実行計画をまとめ、来年は関連法案の国会審議が始まりそうだ。幸美さんは「過労死ラインを超える長時間労働を認めることになり疑問が残る。労働時間規制の例外の拡大は絶対にあってはならない。眠らないで生きられる人間などいるはずない」と批判した。

◆手記全文「政府の残業規制、疑問」

 娘の「まつり」がいない、二度目のクリスマスです。

 毎朝目覚めるときに、まつりが生きている世界に戻っているのではないかと、未(いま)だに淡い期待を抱き続けています。目の前にあるのは元気なまつりの姿ではなく、まつりが眠る赤い箱です。労災認定されてからも辛(つら)く苦しく、まつりを思わないときはひと時もありません。まつりは私の生きる理由であり、まつりを語るとき、その姿はあらゆるところで蘇(よみがえ)り生き続けます。

 ちいさい頃から人生を自分の選択で懸命に生きたまつり。最後も最善の選択をしてくれると信じ切っていました。まつりの尊厳を守れるのは私しかいない。まつりの後を追うことは許されない。必死の二年間でした。

 電通は一九九一年に社員が亡くなられた後に、「不幸な出来事が二度と起こらないよう努力します」と誓いました。しかしその後も電通は、改革を行うことなく法律違反やパワハラを続けて、何人もの犠牲者を出しています。そして、まつりも長時間労働とパワハラとセクハラの犠牲となりました。まつりの死によって、不夜城といわれた電通の灯(あか)りは二十二時に消えることになり、会社は「労働環境の改革を二年でやり遂げる」と再び宣言しました。

 立派な改革案が提案されていますが、いまだに電通社員は「自分たちは厳しい上下関係や深夜勤務を乗り越えて成長してきた」という成功体験に囚(とら)われていて、意識改革は遠く難しいと思います。会社も社員も非常識な文化や成功体験を捨て、改革への意識を共有して、本気で実行に向かわなければ、また不幸な出来事を繰り返すことになります。

 今年十月、電通は労働基準法違反により、刑事裁判で罰金五十万円の有罪判決を受けました。人のいのちが喪(うしな)われているのに責任があまりにも軽すぎます。判決時に労働基準法違反による過失致死として、罰則を強化して欲(ほ)しいと訴えました。労働基準法違反により過労死を起こした会社名を公表し、罰則を強化するように法律の改定が必要だと思います。会社責任だけでなく、裁量が与えられてない部下を管理する上司の責任も重大です。

 労働時間の過少申告を指示していたまつりの上司が、刑事責任に関して不起訴処分になったことは大変無念です。パワハラも、人のいのちを奪います。パワハラやセクハラは絶対に許されるべきことではありません。

 安倍総理大臣が働き方改革を必ず成し遂げ、平日の残業の上限規制を一か月百時間未満にすると約束されましたが、過労死ラインを超える長時間労働を認めることになり、たいへん疑問が残ります。ヨーロッパ諸国のように、十一時間の勤務間隔を開ける勤務間インターバルの義務付けこそが必要だと思います。労働時間規制の例外の拡大は絶対にあってはなりません。眠らないで生きられる人間などこの世にいるはずないからです。

 電通の労働改善も、政府の働き方改革も、どうしてまつりの生きていた時にできなかったのでしょう。もしこれらが実現していたら、まつりは生きて自分の夢に向かって社会に貢献していたでしょう。まつりの苦しみは消えることはなく、どんなことをしてもまつりは生きて戻ってくることはありません。大切なまつりを失った悲しみと苦しみは一生消えることはありません。私たち親子の名前がこんな形で日本に知れ渡ることは私たちの望みではありませんでした。普通の生活をして普通に幸せになりたかったのです。

 私たちのような不幸な親子を増やさないために経営者や従業員、すべての人の意識を変えて、日本の社会全体で働く人の命と健康を守って欲しいと思います。

 

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