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【社会】

平和の願い尽きず、金子さん投句 平和の俳句終了

読者からの手紙に感謝する金子兜太さん(左)といとうせいこうさん=埼玉県熊谷市の金子さん宅で

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 「平和の俳句」が三十一日の掲載をもって終了するのを前に、選者で作家のいとうせいこうさん(56)は今月、八月まで一緒に選者を務めた俳人金子兜太(とうた)さん(98)を埼玉県熊谷市の自宅に訪ねた。毎月一回、選考会で顔を合わせ、合間の会話も軽妙洒脱(しゃだつ)、絶妙の名コンビだった二人。金子さんは元気そうな姿で「ごくろうさまでございました」と笑顔で出迎え、いとうさんと「平和の俳句」に寄せる思いを語り合った。 (小佐野慧太)

 金子さんは連載のきっかけとなった二〇一四年の「終戦記念日対談」を振り返り、「忘れないね」と語った。その対談では、さいたま市の公民館が、憲法九条を詠んだ市民の俳句を月報に掲載することを拒否した問題を追及。戦時下、四十人以上の俳人が治安維持法違反容疑で検挙された新興俳句弾圧事件と重ね合わせた。

 この日再会した二人の会話も、新興俳句弾圧事件に言及。金子さんは<戦争が廊下の奥に立つてゐた>(渡辺白泉(はくせん))の句をそらんじて、「戦争の最中にあの句が作られて、非難されて、作った連中がひっぱられた。俺の先輩も捕まった。出てきて『金子、これを見ろ』って。見たらツメを抜かれているんですよ」と生々しい実体験を振り返った。

 いとうさんは「ブルドーザーが通ったみたいに時代が変えられていっちゃう今の状況と通じる」と応じ、「(これまでと別の形ででも)平和の俳句はしつこくやっていかないといけない」と提案。金子さんも「いいですね。大賛成だな」とここでも息が合った。

 「平和の俳句」終了の発表後、読者からは「憲法が危機にある今こそ、平和の俳句が必要」といった意見や、金子さんらへのねぎらいの言葉など、多数の反響があった。

 そのうちの一部の手紙をこの日、本紙記者が金子さんに手渡すと、じっくり内容に目を通して「うれしい。(胸に)うわーっと盛り上がってくるものがある。ありがとうございます」と、感無量の様子だった。

 選者を退任後も「平和の俳句」を気に掛けてきたという金子さん。この日の訪問から数日後、読者への感謝と平和への思いが込められた贈り物がファクスで届いた。「白寿兜太」の署名の一句だ。

東西南北若々しき平和あれよかし 白寿兜太(とうた)

<いとうせいこう>これは世界平和への尽きない願い、祝福。そして、すべての「平和の俳句」作者、読者へのご挨拶(あいさつ)。これにて連載はいったんおひらきです!

 

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