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【社会】

戌年、ハチ公が結ぶ縁 秋田へ「里帰り」構想

ハチ公像と記念写真を撮る外国人=31日、東京都渋谷区で

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 忠犬ハチ公像は変貌する渋谷の街並みを駅前で見守ってきた。飼い主亡き後も帰りを待ったハチ公の物語は人々の心をとらえ、今も愛され続けている。物語をモデルにつくられたリチャード・ギア主演の米映画「HACHI 約束の犬」(二〇〇九年)の影響で海外での知名度も高い。移転の計画が具体化すれば、世界から関心を集めそうだ。 (瀬戸勝之)

 一七年末の渋谷。ハチ公像の前には記念撮影の順番を待つ外国人観光客の長い列ができていた。恋人と二人で来日したイタリア人の男性(24)は「ハチの物語はイタリアでも有名だよ。感動的で美しい」と感慨深げに銅像を見つめた。

 ハチ公像が今の場所に移ったのは三十年近く前の一九八九年。渋谷の歴史に詳しい地元の写真家佐藤豊さんによると、ハチ公像は四八年につくられて以降、地下街や広場の整備に伴い十回ほど移転した。しかしこれまでは全て駅前広場内での「引っ越し」。それだけに古里・秋田県大館市への「里帰り」となれば注目度は高まる。

 大館市の福原淳嗣(じゅんじ)市長は「市民の誰もが一度はハチ公像に故郷に錦を飾ってほしいと願っている」とハチ公像を管理する渋谷区にラブコールを送る。一方で「信頼関係の構築が最優先」とも話し、今月中旬に渋谷区である関係者の賀詞交換会に自ら出向き理解を求める考えだ。戌年(いぬどし)を迎えた地元では秋田犬保存会の富樫安民(とがしやすたみ)副会長も「都会の喧噪(けんそう)から離れ、田舎の空気を吸って休んでほしい」とハチ公像の誘致に期待。ハチ公の生家の当主、斉藤良作さんも「運送ルートに生家を入れてもらえれば」と語る。

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 これに対し渋谷の関係者の間には「渋谷にいてこそのハチ公像」など戸惑う声も。だが「地域振興に役立つならハチも喜ぶ」「新しい物語が生まれる」など里帰りに前向きな意見も多い。地元商店主らでつくる忠犬ハチ公銅像維持会の星野浩一副会長は「移転が必要になる具体的な時期が決まってから検討したい」と話した。

<忠犬ハチ公像> ハチは1923(大正12)年に秋田県二井田村(現大館市)で生まれたオスの秋田犬。24年に東京帝国大の上野英三郎(ひでさぶろう)博士の飼い犬になった。翌年に上野氏が亡くなった後も渋谷駅前で帰りを待ち続けたとたたえられ、彫刻家の安藤照(てる)氏が34(昭和9)年に初代の銅像を制作。除幕式にはハチも参列した。ハチは35年に死に、銅像は戦時中の44年、金属類回収令で国に供出された。現在の2代目の銅像は48年に安藤氏の長男・士(たけし)氏が制作した。

<世界各地にあるハチ公像> ハチ公像は渋谷や東京都文京区の東大農学部、ハチの故郷の秋田県大館市、飼い主上野英三郎博士の出身地の津市、ハチ公物語を広めた日本犬研究家斎藤弘吉(ひろきち)さんの出身地の山形県鶴岡市にある。渋谷の商店街と交流がある福島県飯舘村には鉄のワイヤでつくられたオブジェも。海外では米映画の舞台のロードアイランド州、ハチ公物語の本が出版されたカンボジアのプノンペンにハチ公像が立つ。

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