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【社会】

<変革の源流 歴史学者・磯田道史さんに聞く> (2)司馬作品と史実のズレ

 −現代の日本人が、明治維新と明治時代に抱く歴史認識は、国民作家である司馬遼太郎さんの作品が影響していそうです。小説が伝える歴史は、史実とは少しズレていると指摘されることもありますが、どう捉えればいいのでしょう。

 幕末の長州藩の吉田松陰や高杉晋作たちを描いた『世に棲(す)む日日』、薩摩藩から輩出した群像の物語『翔(と)ぶが如(ごと)く』…。これら司馬さんの作品から、歴史の流れを知る人も多いでしょう。史実に近いものもあれば、史実から遠めになっているものもあります。

 時代が早いほど、資料が少ないので想像の部分が多いですし、セリフの多くは架空のものです。読者は、それを歴史上の人物が実際に言ったと理解してしまうことがあるわけです。しかし、言ってもおかしくないことが書き込んであるから、分かりやすくなる。

 司馬文学は、地図に似ていると私は思っています。地形を表すものとしては、航空写真が一番正確なはずですが、われわれは、写真をそのまま渡されても、目的地までの道はよく分からない。略地図を持って歩くほうがよっぽど歩きやすい。つまり司馬作品は「歴史の略地図」なんです。

 実際は長い道が短く書いてあったり、逆もあったりする。現実を理解しやすくした「時代の略地図」だと知った上で読む必要がある。それが「司馬リテラシー(読解力)」だと思うんですよね。

 もう一つ言えるのは、司馬さんが『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』を書いたのは、今からだいたい五十年前。「明治百年」だった当時と今を比べると、歴史学の認識が進んでいます。さっきの例えで言えば、これまで航空写真が撮られていなかったところも撮影されて、新たな図面が出てきている。そういう部分も意識しておくといいですね。

 −研究によって歴史の空白が埋まり、新しい認識、見方ができているということですね。

 たとえば明治維新への動きは、司馬さんが小説で書いたよりずっと早くから、いろいろな藩で見られることが分かっています。

 司馬さんの時代には、ペリーの来航がきっかけで日本が変わったように語られていました。だからペリーがエイリアン(異星人)のように急に来たと認識している人が多いと思います。でもその後の研究でみると、それは違うんです。

 西洋の船は、一八〇〇年を過ぎるとしばしば日本近海へ現れるようになる。水戸、薩摩…。特に外洋に面している藩は、十分に外国の危機を感じていたはずです。

 一八二〇年代になると、三角マストの西洋帆船が普通に報告されるようになります。薩摩藩の場合、トカラ列島の宝島で、英国の捕鯨船と交戦状態になります。同時期に、水戸藩にも捕鯨船がやってきています。

 

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