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【社会】

早熟・謙虚 2人の天才 羽生・井山氏国民栄誉賞

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 国民栄誉賞の授与が決まった羽生善治さん(47)と井山裕太さん(28)は、共に幼い頃から天才少年として名を馳せた。プロ入りはそれぞれ中学三年と中学一年。初の七大タイトル獲得は十九歳と二十歳。そして二十五歳と二十六歳で七冠独占。年は離れているが、棋士として似通った道を歩んできた。(樋口薫)

 生い立ちを見ると、両親が将棋や囲碁の強豪というわけでもなく、普通のサラリーマン世帯だった点も共通している。親が過度な期待をかけず、のびのび打ち込ませたことが大成につながったようだ。

 羽生さんは小学一年で同級生から将棋を教わり、地元・東京都八王子市の将棋道場に通い始めた。週末、両親が買い物をしている間に道場で対局を重ね、小五でアマ強豪の棋力に。各地の子ども将棋大会で活躍していた頃は、母親が目立つようにとかぶらせていた広島カープの赤い帽子がトレードマークだった。

 井山さんは五歳の時、父親が買ってきたテレビゲームでルールを覚え、囲碁好きの祖父から手ほどきを受けた。わずか一年で有段者の腕前となり、石井邦生九段(76)に入門。インターネットを介して師弟で千局以上の対局を行うという異例の指導を受け、才能を開花させた。

 勝負術にも共通点がある。まず逆転勝ちの多さだ。羽生さんが終盤に放つ大逆転の妙手は「羽生マジック」として知られる。井山さんも常識外の一手で苦しい碁を何度もひっくり返してきた。井山さんと研究会を行う高尾紳路(しんじ)九段(41)は「悪くなったとき局面を複雑化させるのがうまい。乱戦に引きずり込まれ、こちらが間違えてしまう」と評する。同じことが、羽生さんにも当てはまる。

 共にどんな戦術も指しこなし、打ちこなすオールラウンドプレーヤー。勝負どころでは、心理学用語で「究極の集中状態」を意味する「ゾーン」「フロー」の領域に入ると、両者とも語っている。

 何より共通するのが謙虚さと意識の高さだ。羽生さんは永世七冠達成の直後、「将棋の本質はまだ何も分かっていない」と語った。井山さんも初の七冠達成の翌日、「少しでも囲碁が分かるようになりたい」と述べた。至高の頭脳が半生をかけても解明できない将棋や囲碁の奥深さ。それが尽きぬモチベーションの源泉となっているようだ。

◆羽生さん「ありがたい」 井山さん「本当に光栄」

 国民栄誉賞に決まった羽生善治さんは五日、東京・千駄ケ谷の将棋会館で報道陣に「個人的な活動のみならず、将棋界の長年の活動に対しての賞という意味もあるのではないか。とてもありがたい。いつもサポートし続けてもらった家族にも感謝を伝えたい」と語った。

 羽生さんは将棋界の伝統行事「指し初め式」に参加中、授与決定の一報が入った。今年が年男の羽生さんは、タイトル獲得通算百期や通算最多勝利数などの新記録も目前としている。「自分自身の限界に挑んでいくつもりで前進していければ」と新年の抱負も述べた。

 ◇ 

 囲碁の井山裕太さんは五日、大阪市内の囲碁サロンで「本当に光栄なことですが、まだまだこれから。期待していただいていると思い、精いっぱい頑張りたいと思います」と話した。

 決定の一報が入ると、サロンでの打ち初め式に参加し、真剣な表情で対局していた井山さんは表情を緩めて深々と頭を下げた。会場では、ファンから拍手が湧き起こった。

 <井山裕太氏(いやま・ゆうた)> 1997年、小学2年生で全国少年少女囲碁大会に優勝。2002年にプロ入りした。05年に阿含・桐山杯全日本早碁オープン戦を16歳4カ月で制し、一般棋戦優勝の最年少記録を樹立した。七大タイトル獲得は、棋聖5、名人6、本因坊6、王座5、天元6、碁聖6、十段4の計38期。大阪府東大阪市出身。石井邦生九段門下。

 <羽生善治氏(はぶ・よしはる)> 1985年、15歳でプロ入りし、89年に初タイトルの竜王を奪取。96年に史上初の全七冠を同時制覇した。昨年12月5日には竜王を奪取、初の「永世七冠」を達成した。タイトル獲得は竜王7、名人9、王位18、王座24、棋王13、王将12、棋聖16の計99期、ほかNHK杯戦など棋戦優勝は44回。埼玉県所沢市出身、東京都八王子市育ち。故二上達也九段門下。

 

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