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【社会】

きょう阪神大震災23年 出て行けと言わないで

阪神大震災の犠牲者を追悼するため、兵庫県宝塚市の武庫川の中州に石を積み上げライトアップされた「生」の文字=16日夕

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 六千四百三十四人の命が奪われた一九九五年の阪神大震災は十七日で発生から二十三年となる。神戸市内の追悼モニュメントでは昨年十二月、落書きの被害が発覚した。遺族や被災者の間では、街が立ち直る一方、震災の記憶が社会から薄れていくことへの危機感も強い。教訓と経験を引き継ぐ機運を再び高めようとの声も上がる。

 追悼のつどいが開かれる神戸市中央区の公園「東遊園地」に並べられる竹灯籠の文字は、公募の結果、「1995 伝 1・17」となり、継承への決意が込められた。

 十六日、東遊園地では竹灯籠の準備作業が進められた。兵庫県伊丹市の昆陽池公園では犠牲者数と同じ六千四百三十四本のろうそくがともされ、宝塚市の武庫川の中州では、石でかたどられた「生」の文字が光で照らされた。

 十七日は発生時刻の午前五時四十六分に合わせ、兵庫県内の各地で追悼行事があり、市民らが黙とうをささげる。

◆復興住宅期限 住民を市が提訴

 阪神大震災の被災者に提供した借り上げ復興住宅の入居期限が過ぎたとして、神戸市と兵庫県西宮市が相次いで、住民に住宅明け渡しを求める訴えを起こしている。被告の住民の多くは高齢者で「この年齢になって、住み慣れた所を出ていくのは難しい」と嘆く。借り上げ期間は原則二十年で、震災から二十三年の二〇一八年には、多くの住宅で期限が来る。 (豊田直也)

災害復興住宅からの退去を神戸市から求められている高齢女性。歩行補助器に頼る生活で、引っ越しは負担が重いという=神戸市兵庫区で

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 「出て行けと言われても…」

 神戸市兵庫区の借り上げ復興住宅で、一人暮らしの女性(79)はため息をついた。昨年十月の神戸地裁判決で部屋の明け渡しを命じられた。これを不服とし、控訴している。

 震災で住んでいたマンションが半壊。避難所生活を経て、〇二年に復興住宅に入居した。一三年には腰を骨折し、室内移動にも歩行器が必要になった。部屋は段差がなく、浴室やトイレには手すりがついており、暮らしやすいという。

 この復興住宅は一六年十月が入居期限だったが、入居時に市から口頭での説明はなかった。入居許可書に記載があったが、女性は気付かなかった。一四年ごろに転居を求められ、初めて期限を知った。

 市は「要介護3」以上の住民には、期限が過ぎても住むことを認めている。女性も一時期、「要介護3」の認定を受けていた。体の不自由さは今もほとんど変わらないが、ヘルパーの支援を受けたくない意向を示したこともあり、現在は「要介護1」という。

 女性側は一審で、契約期限についての市の説明は不十分で、明け渡し要請は不当と訴えたが、認められなかった。弁護士によると、二審では、高齢者には引っ越しの負担は重すぎ、生活環境を変えることはストレスにつながることも訴える。

 女性は「今は、近所のスーパーに行く途中にも段差がない。ここでなら、他人に迷惑をかけずに生活できる」と話す。一方の神戸市の担当者は「転居先の市営住宅を優先的に紹介している」などと理解を求める。

 兵庫県内では、他に同様の訴えを神戸市が八世帯、西宮市が七世帯を相手に起こしている。いずれも、一審で係争中だ。

 借り上げ復興住宅の世帯数が少ない兵庫県宝塚市は、すべての居住者に期限後の継続入居を認めている。市は「高齢者が多く、転居の負担を考慮した」と説明する。

 一連の訴訟に参加する吉田維一弁護士は「生活再建の速度が人により異なる。時間で一律に、被災者の救済を止めてはならない」と話している。

<借り上げ復興住宅> 1995年1月17日に発生した阪神大震災で、公営住宅の不足を補うため、自治体が民間オーナーからマンションを20年間の期限付きで借り上げ、被災者に提供した。通常の公営住宅と同程度の家賃とするため、国と自治体が家賃の一部を負担している。本紙のまとめでは、借り上げ復興住宅は昨年末時点で計3654戸あり、うち2221戸に入居している。

 

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