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【社会】

阪神大震災23年 兵庫県各地 雨の中黙とう

阪神大震災の犠牲者の名前が刻まれた銘板を見つめる男性=17日早朝、神戸市中央区の東遊園地で

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 静寂に包まれた暗闇に、雨音が響く。阪神大震災から二十三年となった十七日午前五時四十六分、兵庫県内の各被災地に集まった人々は発生時刻に合わせて犠牲者を悼んだ。「生きていてほしかった」。いまだに癒えることのない悲しみを分かち合った。

 神戸市中央区の東遊園地には約七千本の竹灯籠が並んだ。二十歳だった長女を亡くした兵庫県佐用町の児童養護施設指導員上野政志さん(70)は犠牲者の名前が記された銘板に花を手向け「一年目も今も思うことは同じ。生きていてほしかった」とつぶやいた。

 神戸市兵庫区の大石博子さん(68)は布団を並べて寝ている時に自宅の床が抜け落ち、高校一年の次女朝美さん=当時(16)=を失った。人を楽しませるのが好きで、夢は幼稚園の先生や花屋さん。「どうしてあの子だけ。代わってあげたかった」

 相模原市の野田貴美子さん(70)は長男浩樹さん=当時(22)=らと神戸市に帰省中に被災。浩樹さんは商社へ就職が決まり「初任給でプレゼントをするよ」と約束していたが、かなわなかった。「優しい子。生きていてくれたらどんなに幸せか」と瞳を潤ませた。

 大勢の犠牲者が出た同市長田区の若松鷹取公園。自宅や仕事場があった市場が全焼し、仲間も失った同区の高山菊栄さん(72)は「二十三年間、無我夢中だった。最近になって、やっとゆっくり振り返れるようになった」と涙を浮かべた。

 阪神大震災の震源となった野島断層が保存されている淡路市の北淡震災記念公園でも追悼式が開かれ、遺族ら約二百人が参列。竹筒に入ったろうそくに火をともし、公園の池に浮かべて手を合わせた。母親を亡くした淡路市のパート職員大上裕子さん(66)は「残された人生で、母親の分も一日一日を大切に生活していきたい」と静かに話した。

◆東北の被災地も「忘れない」

 東日本大震災の津波で甚大な被害に遭った岩手県陸前高田市でも十七日、神戸市から贈られた「希望の灯(あか)り」と呼ばれるガス灯の前で、阪神大震災が発生した午前五時四十六分に合わせて、住民が黙とうをささげた。

 ガス灯は二〇一一年十二月に分灯され、震災時に避難所にもなった高台の資料館の庭先にある。周囲がまだ暗く寒い中、住民約二十人が集まり、静かに祈った。

 毎年参加している陸前高田市の無職武蔵栄治さん(81)は「岩手が被災した際には、たくさんの支援をいただいた。神戸の災害も絶対に忘れない」と語った。

 

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