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【社会】

小説家の卵たちは読み合い、批評し合う 芥川賞の2人を生んだ講座があった

講座でアドバイスをする根本昌夫さん(右)=東京都新宿区の朝日カルチャーセンターで(隈崎稔樹撮影)

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 第百五十八回芥川賞に今月決まった若竹千佐子さん(63)と石井遊佳(ゆうか)さん(54)はデビュー前、同じ元編集者が講師を務める「小説講座」に通って腕を磨いていた。芥川賞というと早熟の若い才能が受賞するイメージがあるが、年を重ねた作家志望者も勇気づけられる出来事だ。二人を指導した文芸誌「海燕(かいえん)」元編集長根本昌夫さん(65)の小説講座を訪ねた。 (樋口薫)

 「構成が巧みですらすら読めた」「アニメ的で、私の年では物語に入れなかった」−。東京・新宿のカルチャーセンター。受講者がお互いの作品を読み込んで意見を述べる。根本さんは、その様子をニコニコと眺めている。

 小説の「書き方」の指導はほとんどしない。講座は、受講者が批評し合う「合評」が中心だ。「読むことと書くことは同じ」という方針による。受講料は全六回(三カ月)で二万二千六百八十円(会員料金)。この日は若手から年配まで、作家を目指す十三人が参加した。意見が出そろうと、根本さんが簡潔に講評を伝えた。「これくらい書けるなら、出版社に持っていった方がいい」

 根本さんは約二十五年間、主に純文学の編集者をしてきた。福武書店(現ベネッセ)の文芸誌「海燕」(一九九六年廃刊)では、若手時代の吉本ばななさんや島田雅彦さんを担当した。出版社の文芸部門の縮小などもあり、二〇〇二年からカルチャーセンターや大学などで教えるようになり、現在は十一の講座を持つ。

 これまでも数多くの教え子が新人賞を受賞してきたが、芥川賞は初めて。「編集者時代、担当の作家が十回連続で落選し、芥川賞には恨みしかなかった。それがまさかダブル受賞とは」と喜びをあらわにする。

(上)若竹千佐子さん(下)石井遊佳さん=新潮社提供

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 若竹さんが東京・八丁堀での講座を訪ねてきたのは〇九年。長く専業主婦だったが、夫を亡くして落ち込み、長男に勧められての受講だった。昨年まで約八年間指導を受け、「根本さんからは、小説は知的なたくらみのある構造物であるということを教わった」と語る。

 受賞作「おらおらでひとりいぐも」は、夫に先立たれた七十四歳の女性が孤独と自由の新境地へと至る姿を、東北弁を交えて描いた。出版社への投稿前に目を通した根本さんは、ラストシーンを直すよう助言したという。「結果的に、普通の作家が一生に一度しか書けないような傑作になった」

 石井さんも〇九年から約四年間、新宿での小説講座を受講。一五年にインドに渡った後も、根本さんにメールで作品を送っていた。受賞作「百年泥(ひゃくねんどろ)」はインドを舞台に、現実と幻想を織り交ぜた作品。「これまで三十作くらい読んだが、どれもレベルが高かった。これから立派にやっていけるだろう」と太鼓判を押す。

 二人に共通するのは「小説に対してすごくまじめだったところ」。根本さんは「人によって書くタイミングは違う。年齢は関係ない」とエールを送った。

◆かつて同人誌、今はカルチャーセンター

 小説講座出身の作家では、子育て後にカルチャースクールで学び、「主婦作家」として一九七九年に芥川賞を受賞した故重兼芳子(しげかねよしこ)さんが元祖として知られる。

 二〇一六年に「コンビニ人間」で芥川賞を受賞した村田沙耶香(さやか)さん(38)も、大学時代から「横浜文学学校」で創作を学んだ。地方でも、山形市の「山形小説家・ライター講座」から、柚月裕子(ゆづきゆうこ)さん(49)や深町秋生(あきお)さん(42)ら人気作家がデビューしている。

 かつて、作家志望者は同人誌で修業を積むのが常道とされたが、近年は廃刊や同人の高齢化が相次ぐ。

 文芸評論家の勝又浩さんは「いろんな人が集まって作品を読み合い、目を養うというのが文学の基本。小説講座は、文芸同人誌が昔から果たしてきた役割と通ずるところがある。同人誌よりメンバーの入れ替わりが多く、風通しが良いという利点もある」と指摘した。

 

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