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【社会】

<変革の源流 歴史学者・磯田道史さんに聞く> (6)高識字率で一気に浮上

明治維新後、岐阜県の永照寺に移築されて本堂となった尾張藩の藩校「明倫堂」の聖堂。江戸時代はこうした藩校や寺子屋が識字率を高めていた=岐阜県羽島市で

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 日本の近代の歩みを、先月に続いて磯田道史さんに聞きます。(聞き手・中村陽子、清水俊郎)

 −これまでのインタビューでは、維新に至るまでのさまざまな変化、君主崇拝の芽生えや、身分制が廃止されて教育制度が充実した経緯などについてお聞きしました。

 明治維新は、江戸時代から各藩の中で一つずつできた「部品」を組み合わせ、西洋の国のかたちを参考に、日本型のものをつくり上げることで達成しました。一般的には、ペリー来航から大政奉還、榎本武揚らの「蝦夷(えぞ)共和国」の消滅のあたりまでがイメージされますが、これは卵の中で育ったひよこが殻を割る瞬間の話にすぎない。卵の殻の中で起きている変化を見ることが、実は大変重要です。それが分からないと、今後、日本が殻を破り、新しい環境に適応した姿に変わっていくための役には立たないからです。

 −明治維新の「明」と「暗」について、もう少し伺いたいと思います。

 明治は、急速な近代化を成し遂げた上り坂の時代として、明るい側面から語られることが多いですね。では、なぜそれほど「うまく」西洋近代化が進んだのか。要因の一つに、識字率があると考えられます。

 識字率が低すぎると、西洋近代化は難しい。飛行機が一定の速度を超えたら飛び上がるように、識字率がこれだけに達したら近代化が進めやすくなるという「浮上点」があるのです。

 −そもそも何をもって「識字」とするのでしょう。

 ヨーロッパならアルファベット、日本はひらがなを使い、人の名前や地名などを読み書きして、ある程度の意思疎通ができることを基準に置きましょう。近代化の浮上点は、識字者が成人男女の人口の30〜40%に達する辺りにあるのではないかと、私は見ています。

 カルロ・チポラ(※注)というイタリアの経済学者が、一八五〇年代のヨーロッパの識字率を調べています。それによると、スウェーデンやノルウェーなど北欧諸国は、識字率がすでに七、八割あるんです。英、独、仏は六〜八割。イタリアになると二、三割。ロシアは一割以下という数字です。

 同じ時期、日本はどのくらいの識字率だったかというと、おそらくイタリアの上、ベルギーの下で、四割程度という見積もりです。東アジアでは、日本ほどの識字率に達していた国は、ほかになかったと思われます。覚えやすい仮名文字の存在は大きかったでしょうね。

 −なぜ識字率と近代化が関係してくるのでしょう。

 工業化を進めようとすると、機械を作る知的な頭脳と、取扱説明書に従って機械を操作できるくらいの識字能力は、どうしても必要とされます。江戸時代の終わりに、識字率が四割に達していたことで、日本の近代化はスムーズに進み、多大な富をもたらしました。

 世界を見渡してみると、今の一人あたりのGDP(国内総生産)が高い国は、ことごとく百七十年前の日本よりも識字率が高かった国です。ギリシャなど、当時の識字率が三割なかった国の多くは、今なお苦しんでいます。

◇ことば

 ※ カルロ・チポラ…1922〜2000年。イタリア生まれの経済・歴史学者。著書に『読み書きの社会史』『経済史への招待』など。本文中のベルギーの識字率は当時5割ほど。

 

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