東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 2月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

<幻の少女を追って 至上の印象派展を前に> (中)「あの絵は大嫌い」

曽祖母イレーヌの絵の前で思い出を語るすカトリーヌ・ボネさん=パリ近郊で、竹田佳彦撮影

写真

 「描かれた本人に嫌われ、ナチスに奪われ…。運命に翻弄(ほんろう)された絵ですよね」。パリ郊外の自宅に掛かった「可愛(かわい)いイレーヌ」(題字下、部分)のレプリカを前に今年一月、取材に応じたカトリーヌ・ボネさん(63)がつぶやいた。絵のモデルとなったイレーヌのひ孫だ。

 イレーヌは一八七二年、城や大邸宅を所有するパリのユダヤ人銀行家の家に生まれた。五人きょうだいの二番目で、幼少期から華やかな社交界に身を置いた。

 絵のモデルとなったのは八歳の時。晩年、話し相手を務めたマギー・トランさん(80)は「あの絵は大嫌い」という言葉を覚えている。「髪の毛をとかすためにひどく引っ張るし、まったく動いてはいけないし。拷問よ」と少女時代の思い出を話したという。

 その後も何不自由なく育ったイレーヌ。奔放な性格が垣間見えるエピソードがある。

 十九歳の時、十二歳年上の銀行家と結婚した。政略結婚だった。長男と長女に恵まれたが十年ほど過ぎたころ、離婚を申し出た。屋敷に出入りするイタリア系の伯爵と恋に落ちたのだ。同時にユダヤ教からカトリックへの改宗を宣言する。

 離婚も改宗もスキャンダルになった時代だ。オペラの幕あいやサロンはうわさ話で持ち切りになったが、意に介さなかった。彼女はこれまでと同じように堂々と社会の中に活躍の場を見いだした。労働者の子供たちのための福祉施設を開設。第一次世界大戦では看護師として最前線に赴いたと伝わる。

 だが、幸せな暮らしも長くは続かなかった。第一次大戦で長男が戦死。第二次大戦が始まると、長女もドイツ軍に捕らえられ、強制収容所に向かう途中で命を落とした。

 イレーヌは知人宅に身を潜めて難を逃れた。だが長女が所有していた絵はナチスの手に渡ってしまった。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報