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【社会】

<幻の少女を追って 至上の印象派展を前に> (下)長女の記憶を求めて

フランス南部アンティーブで1958年、孫娘の結婚パーティーに出席したイレーヌ(左)=ひ孫のカトリーヌ・ボネさん提供

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 第二次世界大戦が終わり、翌一九四六年夏、パリのオランジュリー美術館で開かれた展覧会の目録にイレーヌの目が留まった。ナチスに奪われたあの絵、「可愛(かわい)いイレーヌ」(題字下、部分)があった。

 所有者でナチスの犠牲になった長女の記憶を求めるかのように、イレーヌは絵の相続権を主張した。「何としても取り戻そうと、あらゆる書類を用意したわ」。晩年、話し相手を務めたマギー・トランさん(80)に話している。しかし無事手に入れたにもかかわらず、四九年に売ってしまう。

 公式記録によると、絵は本人が売却し、仲介者を経て、ビュールレ・コレクションに加わった。トランさんも「すぐに売ったと言っていた」と証言するが、家族に伝わる話は異なる。

 「二番目の夫との娘が売り払ったの。私の母が」と孫にあたるフランス・ダネさん(93)は断言する。イレーヌは最初の夫との間に一男一女、二人目とも一女をもうけた。ナチスの犠牲になった長女は最初の夫との娘で、ここで言う娘とはイレーヌにとって次女になる。

 売り払ったのは生活費を得るためだった。イレーヌの愛情を受け奔放に育った次女は、派手な生活で資産を使い尽くしたという。

 イレーヌはやがてひとり南仏カンヌへ移り住む。晩年を知るトランさんは八十代に差しかかったイレーヌから孤独を感じたという。往時を思えば、あまりに静かな老後だった。

 ただ、娘の夫や孫たちとの交流は続いた。「優しい人で、母や私も大好きでした」。ひ孫のカトリーヌ・ボネさん(63)の家には、孫宅でほほ笑む写真が残る。孫娘の結婚パーティーで乾杯する写真も。「幸せな晩年だったのではないでしょうか」

 イレーヌは六三年、パリ市内で静かに息を引き取った。九十一歳。彼女の死を、仏メディアはこう悼んだ。「世界中で知られた、青い服の少女逝く」

 (この連載は文化部・森本智之、パリ支局・竹田佳彦が担当しました)

 

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