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【社会】

<対談「薩長史観」を超えて>(1)日露戦争 正しい戦史を伝えなかった軍部

日本の憲法や歴史などについて対談する作家の半藤一利さん(左)と保阪正康さん=東京都千代田区で

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 今年は明治百五十年。安倍晋三首相が今国会の施政方針演説を維新の話題から切り出すなど、明治時代を顕彰する動きが盛んだ。維新を主導した薩摩(現鹿児島県)、長州(現山口県)側の視点で「明るい時代」と明治期をたたえる「薩長史観」は根強い。来年四月末に平成が終わり、改憲の動きが活発化する時代の節目に、近現代史に詳しい作家の半藤一利さん(87)とノンフィクション作家の保阪正康さん(78)が語り合った。

 米国の仲介で薄氷を踏む形で講和に至った日露戦争について、半藤さんは大正、昭和の軍人に正しい戦史が伝えられなかったと指摘。司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」では「正しい戦史は資料として使われなかった」と語り、人気小説がノンフィクションと思われていることに懸念を示した。「太平洋戦争は維新時の官軍(の地域出身者)が始めて賊軍(の地域出身者)が止めた。これは明治百五十年の裏側にある一つの事実」と強調した。

 保阪さんは「日露戦争の本当の部分が隠蔽(いんぺい)された。昭和史を追うとそこに行き着く」と指摘。日清戦争で国家予算の一・五倍の賠償を取り、軍人は味を占めたと述べ、「日中戦争初期の停戦工作が不調に終わったのも政府が賠償金のつり上げをやったから」と分析。「軍部に強圧的に脅され、昭和天皇は皇統を守る手段として戦争を選んだ。太平洋戦争の三年八カ月を一言でいうと『悔恨』。今の陛下はその苦しみを深く理解しているはずだ」と語った。

    ◇

 −「明るい明治、暗い昭和」という歴史観を持つ人が多い気がします。日露戦争を描いた司馬遼太郎<注1>さんの「坂の上の雲」<注2>の影響もあるようです。生前の司馬さんと交流があった半藤さんはどう捉えていますか?

 半藤 日露戦争後、陸軍も海軍も正しい戦史をつくりました。しかし、公表したのは、日本人がいかに一生懸命戦ったか、世界の強国である帝政ロシアをいかに倒したか、という「物語」「神話」としての戦史でした。海軍大学校、陸軍大学校の生徒にすら、本当のことを教えていなかったんです。

 海軍の正しい戦史は全百冊。三部つくられ、二部は海軍に残し、一部が皇室に献上されました。海軍はその二部を太平洋戦争の敗戦時に焼却しちゃったんですね。司馬さんが「坂の上の雲」を書いた当時は、物語の海戦史しかなく、司馬さんはそれを資料として使うしかなかった。

◆小説と全然違う

 ところが、昭和天皇が亡くなる直前、皇室に献上されていた正しい戦史は国民に見てもらった方がいいと、宮内庁から防衛庁(現防衛省)に下賜されたんです。私はすぐ飛んでいって見せてもらいました。全然違うことが書いてある。日本海海戦で東郷平八郎がロシアのバルチック艦隊を迎え撃つときに右手を挙げたとか、微動だにしなかったとか、秋山真之の作戦通りにバルチック艦隊が来たというのは大うそでした。あやうく大失敗するところだった。

 陸軍も同じです。二百三高地の作戦がいかにひどかったかを隠し、乃木希典と参謀長を持ち上げるために白兵戦と突撃戦法でついに落とした、という美化した記録を残しました。日露戦争は国民を徴兵し、重税を課し、これ以上戦えないという厳しい状況下で、米国のルーズベルト大統領の仲介で、なんとか講和に結び付けたのが実情でした。

 それなのに「大勝利」「大勝利」と大宣伝してしまった。日露戦争後、軍人や官僚は論功行賞で勲章や爵位をもらいました。陸軍六十二人、海軍三十八人、官僚三十数人です。こんな論功行賞をやっておきながら国民には真実を伝えず、リアリズムに欠ける国家にしてしまったんですね。

◆爵位を得るため

 保阪 昭和五十年代に日米開戦時の首相だった東条英機<注3>のことを調べました。昭和天皇の側近だった木戸幸一<注4>がまだ生きていて、取材を申し込みました。なぜ、東条や陸海軍の軍事指導者はあんなに戦争を一生懸命やったのか、と書面で質問しました。その答えの中に「彼らは華族になりたかった」とありました。満州事変<注5>の際の関東軍司令官の本庄繁は男爵になっています。東条たちは、あの戦争に勝つことで爵位<注6>が欲しかった。それが木戸の見方でした。

 当たっているなあと思いますね。何万、何十万人が死のうが、天皇の名でやるので自分は逃げられる。明治のうその戦史から始まったいいかげんな軍事システムは、昭和の時代に拡大解釈され肥大化したのです。

■注1 司馬遼太郎 1923〜96年。坂本龍馬を主人公とした「竜馬がゆく」、幕末を舞台にした「峠」「翔ぶが如く」など、歴史上の人物や出来事を描き「国民的作家」と呼ばれた。「街道をゆく」などのエッセーでも文明批評を展開した。

■注2 坂の上の雲 司馬遼太郎さんの歴史小説。陸軍の秋山好古と海軍の真之兄弟と俳人の正岡子規が主人公。陸軍の乃木希典第三軍司令官や海軍の東郷平八郎連合艦隊長官らも登場し、日本が日露戦争でロシア軍を破るまでを英雄的な視点で描いた。明治百年の1968年に産経新聞で連載が始まった。

■注3 東条英機 1884〜1948年。41年、陸相のまま首相に就任し、対米開戦を決定した。44年のサイパン陥落を機に辞職した。戦後、極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯として起訴され、有罪判決を受けて死刑となった。

■注4 木戸幸一 1889〜1977年。主に宮中で活動した戦前の政治家。幕末、明治初期に活躍した木戸孝允(長州出身)の孫。内大臣などを務め、昭和天皇の最側近として実権を握り、戦局が悪化すると和平に動いた。東京裁判でA級戦犯として終身禁錮の判決を受けた。

■注5 満州事変 1931年に日本の関東軍が南満州鉄道の爆破事件を自作自演し、中国東北部への軍事侵攻に踏み切った。翌32年には軍事力を背景にかいらい国家の「満州国」をつくり上げた。国策として27万人の日本人が移住。敗戦時のソ連軍侵攻の混乱の中、逃避行中の8万人が死亡した。残された幼児は残留孤児となった。

■注6 爵位 明治憲法下では公家や大名の家系の他、明治維新の功労者や実業家など、国家に功績があった者は「華族」という特権的な身分とされた。栄典として公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という五等の爵位を授与された。1947年、現憲法施行により廃止された。

<はんどう・かずとし> 1930年、東京都出身。東京大卒。「文芸春秋」編集長などをへて作家に。「日本のいちばん長い日」「幕末史」「ノモンハンの夏」など近現代史関連の著書多数。

<ほさか・まさやす> 1939年、札幌市生まれ。同志社大卒。出版社勤務をへて、昭和史を中心とする著述活動に入る。「昭和陸軍の研究」「昭和史七つの謎」など。

 

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