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【社会】

「自由な女神」次はどこ? 大震災 石巻で被災→上野で再生

「自由な女神」プロジェクトを展開している村上愛佳さん=東京都台東区で

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 東京都台東区の上野公園に、上半身だけの自由の女神像が立っている。元は宮城県石巻市にあったが、東日本大震災の津波で傷つき、撤去されていた。その女神像を東京芸術大生が譲り受け、どこへでも行ける「自由な女神」としてアート作品に再生。東日本大震災の記憶を伝える「震災遺構」とはどうあるべきかを問い掛けながら、次の行き先を探している。 (神谷円香)

 上野公園の大噴水から東京芸大に向かう通称「芸術の散歩道」。ひときわ目を引くのは、芸大大学院修士一年の村上愛佳(まなか)さん(24)が大学の卒業制作として出品した高さ約五メートルの「自由な女神」像だ。審査で選ばれたアートプロジェクトの一つとして、昨年四月から展示されている。

 この女神像は石巻市の旧北上川河口に、震災前年の二〇一〇年に建てられていたもの。宮城県出身の漫画家、故石ノ森章太郎さんの記念館があり、風景が米マンハッタンに似ていることから「マンガッタン」と地元で呼ばれた中州にある公園のシンボルだった。

 繊維強化プラスチック製の女神像の元の高さは約九メートル。津波で腰から左足にかけてえぐり取られたものの倒れず、津波に耐えた「希望の象徴」などと話題に。だが、傷みが激しいため一四年に撤去、その後は使われる当てもないまま倉庫に保管されていた。

 村上さんは仙台市出身。震災前から石巻市に出掛け、女神像の存在を知っていた。震災を卒業制作のテーマにしようと同市を訪れた一五年八月、像の撤去を知った。「震災の遺構にふさわしくない」との意見が多かったのだという。

津波で被災した当時の自由の女神像=2011年、宮城県石巻市で

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 ならば、震災の遺構には何がふさわしいのだろうか−。村上さんは半年間、石巻に月二回ほど通って通行人にアンケートした。百人に尋ねた結果は、女神像の保存に「賛成」が三割、「反対」が四割、「分からない」が三割。意見は一つではなかった。

 そこで、村上さんは所有者と交渉して無償で譲り受けた。被災した女神像の在り方、行方を考える「現在進行形アートプロジェクト」と銘打ち、昨年四月、展示を実現させた。

 「石巻市と他地域の共通点を想像し、新たな移設先を見つけたい」。自由な女神像の前にこんなメッセージを記した看板を立て、訪れた人たちからの提案を募っている。震災から七年になる三月十一日まで続ける。

 震災遺構の在り方として、村上さんは「何が保存の決め手になるのか。自分の中でもまだ分からない。プロジェクトでは、女神像に否定的な意見も聞きたい」と話している。

 詳しくは「自由な女神プロジェクト」としてインターネットで紹介している。女神像に関する提案はメール=nakazenomegami@gmail.com=へ。

 

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