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【社会】

東京マラソン 車いすの娘へささげた完走

障害のある姫世奈さん(手前)に完走記念メダルをかける伊藤誠さん(左)ら=東京都千代田区で

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 東京都世田谷区の会社員伊藤誠さん(41)はゴールすると、待っていた三女姫世奈(きよな)さん(9つ)の首に完走記念のメダルをかけた。メダルをうれしそうに振る娘は、先天性障害のため車いす生活だ。「いつかこの子と一緒に大会に出たい」。汗をぬぐいながら、早くも次の目標を描いた。

 脳性まひの息子の車いすを押しながらマラソンやトライアスロンに挑む米国のディック・ホイトさんを知り、六年前から走り始めた。姫世奈さんは、外出すると景色の変化や風を感じてうれしそうな表情になる。「走ったら喜んでくれるはずだ」と直感した。

 初マラソンで完走し、トライアスロンにも挑戦。記録が伸び、いよいよ娘と大会に出ようとした昨春、自身が悪性リンパ腫と診断された。

 十一月まで続いた抗がん剤治療。気分が悪くなるなど副作用に苦しんだ。しかし、「姫世奈はいつもつらい治療を頑張っている」と耐え抜いた。

 この日の東京マラソンは「記録だけに固執するのもつまらない」と「バカ殿」の仮装で挑み、沿道に笑いを振りまいた。姫世奈さんらに迎えられると自身も笑顔に。「何とか最後まで持った。家族には感謝しかない」 (原尚子)

思い出が残る東京の街を走り終え、笑顔の山口周太さん=東京都千代田区で

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◆思い出の街 駆け抜け故郷へ

 東京・池袋でジャズバーを営む山口周太さん(49)は、初の東京マラソンを四時間五十九分一秒で完走した。愛着のある店だが今秋でたたみ、三十四年ぶりに故郷の長崎県佐世保市で暮らすことにしている。「東京の街への感謝の思いを込めて走った」と感慨深げだった。

 厳格な父にずっと反発してきた。中学卒業後、実家を出て、高校、大学と進学した。一九九六年から東京で暮らし、建設会社に勤めたり、バーを経営したりするうちに実家とは疎遠に。父からは「勘当された」という。

 突然、父からメールが届いたのは四年前。「勘当を解く。申し訳なかった」。急いで実家に戻ると、体調を崩し、やつれた父の姿があった。次第に寝たきりになり、介護する母の疲労も増していった。

 「最後の親孝行をしよう」。実家に戻ることを決意し、東京を去る前に思い出の詰まった街を走ろうと東京マラソンに応募した。

 コースの途中、会社員時代に建設に関わった品川の高層ビルが目に焼き付いた。「東京は常に動いている街。最後に堪能できた」 (清水祐樹)

 

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