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【社会】

いつか双葉へ帰るため 都内避難の女性 動物が荒らした自宅掃除

防護服を着て、荒れた家の中を片付けるそらさんと友人たち=福島県双葉町で

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 帰還困難区域に指定され、今なお誰も住んでいない福島県双葉町。避難中の住民でも許可なく立ち入りはできない。本紙原発取材班ツイッターのフォロワーで、東京都内に避難している女性「そら」さん(54)=アカウント名=から、動物に荒らされた自宅を片付けたいと相談を受け、二月末の二日間、共に大掃除をした。(山川剛史)

 事前に写真を見て分かってはいたものの、現場に立つと言葉が出なかった。

 頭から靴まで防護服に身を固めて屋内へ。玄関ドアを開けると、臭いが鼻を突き、床には服や紙などが散乱し、泥の足跡が辺り一面に付いていた。

 リビングや台所はもっと壮絶で、足の踏み場もなかった。棚の中は片っ端から引っかき回され、置物やティッシュの箱、洋酒の瓶などあらゆるものが床に落ちていた。食品庫は倒され、冷蔵庫も開けられ、残ったものは腐って黒く固まっていた。棚の戸には、複数種の動物がひっかいた泥の跡がくっきり残っていた。

 「七年前の大震災の日は、棚からものが落ちたけど、こんなんじゃなかった」と、そらさん。その後も数回、一時帰宅したが大きな変化はなかったという。昨年九月、地域の巡回員からの通報で、初めて惨状を知った。

 「駆け付けると、勝手口が壊され、めちゃくちゃにされていた。その時は応急処置しかできなかった。光景を思い出すたび頭の中がくらくらし、胸が痛くなる。何とかこの家を残したいから、まともな状態に戻したい」

 今回の大掃除には、同県郡山市などから友人三人も駆けつけた。「よし、じゃあ頑張りますか」。声を掛け合い作業をスタート。用意した九十リットルの業務用ごみ袋に、散乱物を次々と詰め込んだ。汚れのひどいカーペットは電気のこぎりで細断し、固化した台所の食品は雪かきスコップでこそぎ取った。防護服の中で汗がしたたり落ちる。

 五人がかり、二日間で計五時間ほどの大掃除。水道も電気も使えず、掃き掃除と使い捨ての紙ぞうきんによる拭き掃除までしかできなかった。それでも見違えるほど片付き、動物の痕跡は消えた。

 午後四時までには、町を出て車や体の汚染チェックを終える必要がある。三時前に切り上げ、アルバムを箱詰めして車に積み、帰路についた。

 途中、そらさんの大好きな郡山海岸に立ち寄った。遠く東京電力福島第一原発も見える。打ち寄せる波の音を聞きながら、そらさんは「あの原発事故が憎い。でも福島の青い広い空と海が好き。大掃除で家がきれいになり、心のモヤモヤが一つ晴れた。できることなら、いつか帰りたい」。

 双葉町を離れる車中では「バイバイ福島」と小声でポツリ。そらさんの目からは、涙があふれていた。

 <福島県双葉町の避難状況> 双葉町は今も、全住民が避難を続けている。震災前の人口は7100人だった。しかし、2月末時点の住民登録は6057人と、7年間で1000人以上減った。避難先などに生活拠点を移し、転出した人が多い。復興庁が2月に公表した住民調査(全3133世帯、回答率49.9%)によると、町に「戻らない」は61.1%、「戻りたい」は11.7%、「まだ判断がつかない」は26.1%。

 

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