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【社会】

3.11後生まれた小さな命 「天国のお姉ちゃん」と同じ小学校へ

今月下旬の卒園式に向け、被災した家族の写真の前で予行練習をする上野倖吏生ちゃん。父敬幸さん(右)が、笑顔で見守った=福島県南相馬市で(小嶋明彦撮影)

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 東日本大震災後の二〇一一年九月十六日に生まれた福島県南相馬市の上野倖吏生(さりい)ちゃん(6つ)は来月、津波で亡くなった姉永吏可(えりか)さん=当時(8つ)=と同じ小学校に入学する。震災から七年。悲しみを抱え、少しずつ歩んできた上野さん一家にも春が訪れる。 (相沢紀衣)

 津波にのみ込まれた永吏可さん、兄倖太郎(こうたろう)ちゃん=同(3つ)、祖父母の喜久蔵さん=同(63)、順子さん=同(60)=の写真が並ぶ仏間。倖吏生ちゃんは、母の貴保(きほ)さん(41)から、A3のコピー用紙に鉛筆書きした「修了証書」を受け取ると深々とおじぎをした。今月下旬に迎える卒園式の予行練習だ。レース模様のついた薄紫色のランドセルを大事そうに抱える娘を、父敬幸さん(45)は、ほほ笑みながら見つめた。

 震災前、そんな妹の誕生を誰よりも心待ちにしていたのは永吏可さんだった。ある日、「夢でお母さんのおなかに天使が降りてきたの」と貴保さんにはしゃいで伝えた。検査をすると妊娠が分かった。

 一カ月ほど後の三月十一日。揺れが収まった後、勤め先の農協から戻った敬幸さんは、自宅の両親と倖太郎ちゃんの無事を確認し、消防団員として住民の救助に向かった。三人は永吏可さんの通う小学校へ避難すると聞いた。貴保さんが勤務先から順子さんの携帯に電話すると、悲鳴が聞こえて切れた。倖太郎ちゃんと喜久蔵さんはまだ見つかっておらず、永吏可さんが亡くなった経緯も分かっていない。

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 倖吏生ちゃんの名前は、二人のきょうだいからもらった。最後の「生」に「おばあちゃんになるまで長生きして」と願いを込めて。

 家族の震災後の歩みは、倖吏生ちゃんの成長とともにある。一一年夏、「人々が笑顔で空を見上げる様子を天国に届けたい」と自宅近くで花火大会を始めた。一三年には「満開の笑顔を」と、菜の花を植えて迷路をつくった。

 永吏可さんが出るはずだった卒業式には、両親と一緒に遺影を持って参加した。倖太郎ちゃんが小学校に入るはずの年に買った黒いランドセルも背負ってみた。遺品は津波でほとんど流されてしまったが、小学校にあって無事だった姉の鍵盤ハーモニカとはさみは大切に使っている。

 十一日夜、自宅近くの道の駅南相馬で、鎮魂と再生の願いを込めて、青色の光を空に向かって照らすイベントがあった。倖吏生ちゃんは「きれい。天国のお姉ちゃんとお兄ちゃんにも光が届いているかな」と笑った。

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