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【社会】

ホーキング博士死去 宇宙の謎と難病に挑む

 【ロンドン=阿部伸哉】「車いすの天才物理学者」として知られる英国のスティーブン・ホーキング博士が十四日、英南部ケンブリッジの自宅で死去した。七十六歳だった。

 宇宙の起源である「ビッグバン」やブラックホールの研究で知られ、一般の人に分かりやすく宇宙論を説明することに努めた。特に一九八八年出版の「ブリーフ・ヒストリー・オブ・タイム」(邦訳「ホーキング、宇宙を語る」)は宇宙論の入門書として各国語に翻訳され、世界中で一千万部以上を売り上げた。

 四二年一月八日、英南部オックスフォード生まれ。英メディアによると、ケンブリッジ大大学院博士課程に在籍した二十一歳のころ、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)で「余命二年」と診断された。それでも学究生活を続け、三十二歳で史上最年少の英国学士院会員になり、三十七歳でかつてニュートンが就いていたケンブリッジ大ルーカス記念講座教授となった。

 六五年に結婚し、息子二人と娘一人の親となるが、肺炎を患った八五年に声を失った。常時の看護が必要になり「少しでもお金を家族に残せたら」と、わずかな指や頭の動きを頼りに宇宙論の執筆を始めた。指も動かなくなると、残された顔の筋肉の動きをコンピューターに伝え、人工音声に変換して講演を続けた。

 研究以外でも話題を呼び、九〇年に二十五年連れ添った妻と破局、五年後に看護師と再婚してタブロイド紙をにぎわせた。一連の関係は二〇一四年に「博士と彼女のセオリー」として映画化され、ヒットした。

 一三年に執筆した回顧録で「(ALS診断で)人生は終わったと思い、自分が持つ潜在能力にも気付いていなかった。五十年たって人生にとても満足している」と振り返っている。

◆物理の面白さ広めた天才

 車いすに乗りコンピューターで会話する天才科学者。強い個性を持ったスティーブン・ホーキング博士は日本でも最も有名な科学者の一人だろう。宇宙の成り立ちを解き明かす宇宙論で数々の業績を残した。

 有名な業績として、ブラックホールがいずれ蒸発して消えてしまうという「ホーキング放射」の理論や、宇宙は滑らかで穏やかに生まれたとする「無境界仮説」などがある。いずれも宇宙論や物理学に大きな議論を起こした。

 どの理論も、非常に大きなエネルギーや強い重力で起こる壮大な現象のため実験では確かめにくい。そのためノーベル賞を取るのは難しいといわれた。

 ホーキング博士をよく知る佐藤勝彦・東京大名誉教授は「何でも興味を持って、何でも自分でやってみたがる人だった。またジョークが非常に好きだった」と振り返る。 

 英国人らしく賭けも好きで、見解の異なる研究者とどちらが正しいかよく勝負をしたことで知られる。賭けたのは雑誌一年分やTシャツなど。負けることもしばしばで「自説を否定しても真理を求めた」(佐藤さん)という。

 年齢を重ねても好奇心は衰えなかった。二〇一六年には、投資家ユーリー・ミルナー氏と約四・三光年離れたケンタウルス座アルファ星に超小型の探査機を飛ばす計画を発表するなど、宇宙への夢を追い続けた。

 一般向け読み物「ホーキング、宇宙を語る」などのベストセラーを立て続けに出して宇宙論のファン層を広げた。また、若い科学者たちの不器用な日常生活を描いた人気コメディー番組「ビッグバンセオリー」に出演するなど若者の文化にも大きな影響を与えた。偉大な科学者はまた、宇宙や物理の面白さを世界に知らせた科学界の希代の広報マンでもあった。  (永井理)

 

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