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【社会】

マラリア死1000人超 沖縄戦の先島諸島 戦闘死の3倍

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 沖縄戦が本格化した一九四五年四月一日以降、沖縄県南西の先島諸島(宮古島、八重山諸島)で計千人を超える日本軍の軍人・軍属がマラリアなどで戦病死していたことが、同県関係者などへの取材で分かった。戦闘で亡くなった軍人・軍属の三倍に上っている。八重山諸島だけで三千六百人以上の住民の犠牲は公的記録などから判明しているが、劣悪な環境など軍人側の犠牲の実態などが明らかになったのは初めて。

 本紙が入手した軍側の戦没者名簿などの資料や同県関係者によると、同年四月一日以降に先島諸島で戦病死した軍人・軍属は、宮古島九百七人、八重山諸島百八十四人の計約千百人。大半は、元軍人や住民の証言などから、マラリアなどの罹患(りかん)が原因だったとみられる。

 戦病死者は県外出身者が九百七十五人で、県内出身者が百十六人。県内出身の戦没軍人らの遺族百人以上には、戦傷病者戦没者遺族等援護法(援護法)などに基づく弔慰金が支給されていることが、県の調べで分かった。

 軍は四四年から宮古島に約三万人、八重山諸島の中心地の石垣島に約一万人が駐留。石垣島に三つの飛行場を建設するなどして、米軍の上陸に備えた。地上戦はなかったが、四五年八月十五日の終戦以降もマラリアなどで死亡する軍人・軍属が続出した。 (編集委員・吉原康和)

◆真実に目を閉ざすな

<川平成雄・琉球大学元教授(沖縄社会経済史)の話>

 先島諸島で軍人もマラリアなどで大量に亡くなったのは、軍の防衛地区がマラリア原虫発生の湿地帯に置かれ、非衛生的な兵舎で防蚊対策もなく、医薬品が払底し、食糧事情が悪化したことなどがある。

 忘れてならないのは、体の中にマラリア原虫が巣くい、敗戦後も住民、軍人・軍属に犠牲者を出したこと。「戦争マラリア」なのである。この事実を直視、戦争が何をもたらすかを問う姿勢がなければ、歴史の真実に目を閉ざすことになる。

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