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【社会】

福島「廃炉」写した150枚 作業員目線で 次世代への記録

東電福島第一原発3号機の建屋前で、高い放射線量に備えたベストを着ようとしている防護服姿の作業員(右下)=2016年9月30日(東電提供、西沢丞さん撮影)

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 東京電力福島第一原発で三年以上にわたり事故現場の様子をカメラに収めてきた写真家西沢丞(じょう)さん(50)=群馬県高崎市=が、写真集「福島第一 廃炉の記録」(みすず書房、税別三千二百円)を出版した。望遠レンズを使わず、作業員の目線にこだわり続ける。「廃炉作業を引き継いでもらわなければいけない次世代に伝えたい」と思いは熱い。 (増井のぞみ)

 表紙を飾ったのは、水素爆発で屋根が吹き飛んだ3号機建屋の入り口の写真。右下には、顔全体を覆うマスクと白い防護服姿の作業員が、放射線の被ばくを抑える重さ十キロのベストを着ようとしている。「作業員の息づかいを伝えたかった」と、西沢さんは語る。

 二〇一一年の事故直後から、福島第一の様子を記録したいと東電にメールを送った。東電が公開する写真が不鮮明で傾いたものが多いのが気になっていたからだ。東電に企画書を出し、交渉を重ねて、一四年七月に撮影を委託された。

 撮影時には、作業員の置かれた過酷な状況も体感した。一五年九月、敷地内の地下トンネルに汚染水がたまるのを防ぐ工事現場。頭から足の先まで防護服をまとった作業員のあごからは、汗がしたたり落ちた。カメラを向けた自身も同じ格好で、「すごく大変だった」。

写真集を前に話す西沢丞さん=東京都千代田区で

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 一六年以降は構内の除染が進み、作業員は軽装になった。約百五十枚を収めた写真集をめくるごとに、現場が少しずつ落ち着いてきているのが読み取れる。

 四十年はかかるとされる廃炉。その日が来た時、西沢さんは「つえを突いてでも、撮りに行きたい」と笑った。

 

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