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【社会】

かつて悔し涙 亡き母思い 遺族女性、平和の希求ともに受け止め

天皇、皇后両陛下と会った感想を語る沖縄戦遺族の照屋苗子さん=27日、沖縄県糸満市で

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 二十七日、沖縄県糸満市の国立沖縄戦没者墓苑に供花した天皇、皇后両陛下の姿を、平和を祈りながら見守った女性がいた。先の大戦で五人の家族を亡くした照屋苗子さん(82)。前沖縄県遺族連合会会長で、両陛下とも過去四回面会。当初はねぎらいの言葉を素直に受け止められず、悔し涙を流したこともあった。

 一九九三年四月、歴代天皇として初めて沖縄を訪れた陛下と皇后さまを、沖縄平和祈念堂で迎えた。照屋さんは陛下から「ご苦労なさいましたね」と声を掛けられ、涙があふれた。

 心に浮かんだのは、この約二十年前に六十八歳で亡くなった母だ。「なぜもっと早く来てくれなかった。なぜ母に同じ言葉を掛けてくれなかった」。戦後、必死で育ててくれた母。「苦労をしたのは私ではない」。そんな思いだった。

 二十七日、墓苑で皇后さまから「お母さまはお元気ですか」と尋ねられた。バッグの中の母の写真に「ようやく言葉を聞かせられてほっとした」という。

 「陛下は本当に平和を求めている」と今は思う。遺族と触れ合う飾らない姿を見て、偽りは感じない。照屋さんは「代替わり後も天皇と国民が平和を願う気持ちを共有し続けないといけない」と訴える。「戦争で受けた心の傷は、癒えないことを知っているから」

◆「長期の見守り、交流に感謝」

 在位中、最後となる見通しの沖縄県への旅に赴かれた天皇、皇后両陛下。出迎えた人々は、長く心を寄せ続けてくれたことへの感謝を口にした。

 糸満市の国立沖縄戦没者墓苑で両陛下を出迎えた県平和祈念財団理事の新垣幸子さん(73)は、伊江島の地上戦で父を亡くした。今回の訪問を「遺族の一人としてうれしく思う。長期にわたって戦没者を見守っていただき、感謝している」。

 案内した翁長雄志(おながたけし)知事は「県民は、両陛下が平和に大変な思いを持って行動されていることを理解している。体力的には大変だと思うが、足を運び供花、言葉をかけていただいたことに感動している」と話した。

 「出迎えてくれてありがとうございます」。那覇市内の宿舎のホテルの玄関で、陛下は豆記者たちににこやかに声をかけた。皇太子時代に約二十五年間、豆記者と交流した経験がある。

 瀬長莉乃さん(12)=浦添市立小六年=は「いつ本土に行きましたか」「楽しかったですか」と優しく尋ねられたという。「退位後はなかなか会えなくなると思う。沖縄のことを大切に思ってくださり、感謝しています」と語った。 (荘加卓嗣)

 

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