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【社会】

不妊強制「救済怠った」 仙台地裁 全国初訴訟弁論

多くの支援者と「一緒に闘う」との思いを込めた腕飾りを手に話す原告の義姉=宮城県内で

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 旧優生保護法(一九四八〜九六年)下で知的障害を理由に不妊手術を施された宮城県の六十代女性が「重大な人権侵害なのに、立法による救済を怠った」として、国に千百万円の損害賠償を求めた全国で初めての訴訟の第一回口頭弁論が二十八日、仙台地裁(高取真理子裁判長)で開かれ、国は請求棄却を求めた。

 女性の弁護団団長の新里(にいさと)宏二弁護士は意見陳述で「子どもを生み育てるという自己決定権を奪い取る手術で、憲法で保障された基本的人権を踏みにじるものだ。結婚の機会も奪われるなど、肉体的、精神的苦痛は計り知れない」と旧法の違憲性を指摘。多くの被害者が高齢化しているとして、早期救済を求めた。

 国は「当時は合法だった」との立場だが、国会で超党派の議員連盟が発足、厚生労働省が被害の実態把握のための全国調査を決めるなど政治救済の動きも出ている。

 訴状などによると、女性は十五歳だった七二年、病院で「遺伝性精神薄弱」と診断され、県の審査会を経て不妊手術を強制された。その後、日常的に腹痛を訴えるなど体調が悪化。不妊手術が理由で縁談も破談になるなど、精神的苦痛を受けた。

 弁論後の支援者集会で、女性の義理の姉は「障害者やその家族は、これまで暗い闇の中、嵐の中で生きてきた。裁判によって、すっきりとした良い社会になってほしい」と話した。

 厚労省によると、旧法下で不妊手術を受けた障害者らは約二万五千人で、うち約一万六千五百人は本人の同意なく施術された。北海道や東京の被害者も提訴する意向を表明したり、検討をしたりしている。

◆相模原のような悲劇 繰り返さぬために…義姉「優生思想考えるきっかけに」

 訴訟を起こした女性は知的障害があり、代わりに義理の姉が準備を進めてきた。「不良な子孫の出生防止という優生思想を考えるきっかけになってほしい」。障害者ら多くの支援者と「一緒に闘う」との思いを込めて手作りしたピンク色の腕飾りを身に着け、強い決意で裁判に臨んだ。

 妹が手術を受けたことを知ったのは約四十年前。一緒に入った温泉でへその下にのびる十五センチほどの傷痕に気付いた。義理の母親は「子どもができないよう手術した」と話しただけで、望んだ上での手術だったのかどうかは分からないままだった。

 昨年、宮城県に手術に関する資料を開示請求。そこには「遺伝性精神薄弱」と診断され、わずか十五歳で手術を受けたとの記載があったが、別の記録には遺伝性でないとする矛盾した診断結果も残っていた。

 妹は本当に手術する必要があったのか−。疑念が募り、説明を求めて出向いた厚生労働省では、担当者が「厳正な手続きに基づいて実施した」と繰り返すばかり。実態解明と救済を求め提訴に踏み切った。

 優生思想は旧法が改定された今も残る。二〇一六年には相模原市の知的障害者施設で入所者十九人が刃物で刺され死亡する事件もあり、義姉は「旧法の問題が置き去りにされたままでは社会は変わらない」とみる。

 「優生思想に今向き合わなくては相模原のような事件はまた起きる。障害者だから傷つけられてもいい社会なんて、絶対にない」と話した。

 <旧優生保護法> 「不良な子孫の出生防止」を掲げ1948年に施行。ナチス・ドイツの「断種法」の考えを取り入れた国民優生法が前身で、知的障害や精神疾患、遺伝性疾患などを理由に本人の同意がなくても不妊手術を認めた。ハンセン病患者も同意に基づき手術された。53年の国の通知は、やむを得ない場合、身体拘束や麻酔薬の使用、だました上での手術も容認した。96年の「母体保護法」への改定までに、障害者らへの不妊手術は約2万5000人に行われた。

 

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