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【社会】

「放射線大丈夫?」 子育て不安、分かち合う 福島「ままカフェ」

ままカフェを開いている「ビーンズふくしま」の三浦恵美里さん。「継続的なサポートが必要」と話す=福島市で

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 東京電力福島第一原発事故での放射能汚染について、福島県で子育てをする母親たちが心配事を話し合えるよう、NPO法人「ビーンズふくしま」が「ままカフェ」を開いている。事故から七年。スタッフは「放射線への不安は消えない。安心して話せる場所が必要」と話し、今後もカフェを続ける方針だ。 (土門哲雄)

 福島市保健福祉センターの和室に、乳幼児を連れた母親五人が集まった。おもちゃで遊ぶ子どもたちのにぎやかな声が響く中、母親たちが入れたてのコーヒーと手作りお菓子を前に語り合う。「外遊び、どこに行ってる?」「保育園の砂利、放射能は大丈夫かな。神経質と思われそうで、先生に聞けなくて」。スタッフが、除染してあることを説明した。

 ままカフェは福島、郡山、白河、南相馬、いわきの各市でそれぞれ月一回、二本松で年三回ほど開かれている。避難指示が出ていない地域から避難し、戻った人たちを対象に、二〇一三年秋から続ける。昨年からは避難しなかった人や、夫の仕事などで転入した人らも加わっている。

 当初は「元のコミュニティーに溶け込めない。疎外感がある」と打ち明ける母親が多かった。今は事故後に母親になった女性らも訪れ、情報交換する。

仮設住宅の集会所で宿題をする小学生ら。ビーンズふくしまのスタッフが質問に答える

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 この日訪ねてきた福島市の母親(34)は、当時二カ月と二歳だった二人の子とともに山形県米沢市に避難し、三年前に戻った。「戻ってきたばかりのときは、すべてが不安だった。外遊びができるのか、洗濯物を外に干していいのか。同じ体験をした人と会話し、情報交換をすることで、不安が和らいだ」と話した。

 スタッフの三浦恵美里(えみり)さん(41)=福島市=は自身も、二人の子どもと秋田県横手市に約二年間、避難した。「福島で子育てするママたちをつなぎ、継続的に支えていく必要がある」と感じている。

 一方、避難生活を強いられている子どもたち向けに、勉強や遊びの場も提供している。原発事故直後は、高校受験を控えた中学生への学習支援が目的だったが、今は小中学生の放課後の居場所づくりが主な狙いになっている。

 浪江町などの住民が避難した福島市郊外の「しのぶ台仮設住宅」のプレハブの集会所では、夕方になると、小学生五人が掛け算や漢字の宿題を始めた。スタッフが横に座って教える。そこへ、部活後の中学生六人が加わり、勉強を始めた。

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 スタッフの中野史高さん(42)は「子どもたちは避難先の慣れない土地で孤立しがち。交流する場所と時間が必要」と考えている。

 三人の子どもが通う母親(44)は南相馬市で被災し、この仮設住宅で暮らす。退去期限を迎え、福島市内に新たな家を構えた。「子どもたちは知らない土地で、よく頑張ってきた。仮設での勉強会は、子ども同士で学び、遊べるので、ありがたかった」と話した。

 

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