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【社会】

メガソーラー、住民の手で 福島第一から7キロ 富岡町の元農地、売電開始

メガソーラーを背に笑顔を見せる遠藤道仁さん(左)と陽子さん=福島県富岡町で

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 東京電力福島第一原発事故の被災者が主導した大規模太陽光発電所(メガソーラー)が、放射性物質で汚染された福島県富岡町の元農地に完成し、東電への売電を始めた。同県いわき市に避難する元中学教諭遠藤陽子さん(68)、同道仁(みちひと)さん(62)夫妻が県内外に散らばる地権者を説得し、実現させた。夫妻は「売電収入で住民の生活を再建し、土地を次の世代につなげたい」と未来を見すえる。 (佐藤圭)

 第一原発から約七キロ離れた富岡町夜ノ森地区。約三十四ヘクタールの敷地に、約十一万枚のソーラーパネルが並ぶ。陽子さんが社長を務める一般社団法人「富岡復興ソーラー」などが出資する「さくらソーラー」が運営する。居住制限区域だった一帯は、昨年四月に避難指示が解除された。

 年間の発電量は、一般家庭一万世帯分に相当する三千八百二十万キロワット時。二十年の事業期間中、利益の一部を町の復興事業に充てるとともに、復興ソーラー独自でも、農業の後継者づくりや教育支援事業を検討する。総額九十億円の建設費は、市民ファンドや銀行からの融資などで賄う。

 遠藤さん夫妻は夜ノ森で生まれ育ち、二〇一〇年三月、富岡町内の中学校を最後に二人そろって退職。その一年後に事故が起きた。避難生活が続く中で「今の政治では脱原発も復興も実現しない」と危機感を抱き、陽子さんは一一年の県議選と一三年の参院選に出馬するも落選。「選挙で訴えた再生エネルギーの普及を実践したい」と太陽光発電を思い付いた。

遠藤さん夫妻が設置を実現させたメガソーラー

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 しかし、町に相談しても「農地は原則的に他の用途に使えない」と相手にされなかった。それでもあきらめず、陽子さんは、町の災害復興計画策定の検討委員に応募して選ばれ、太陽光発電の必要性を訴えた。

 最初は自分たちの田だけでやるつもりだったが、「地域全体の事業にしたい」と周囲の地権者にも声をかけた。地権者は県内のほか、徳島や茨城、栃木などに散らばっていた。道仁さんは「事業の意義をいくら強調しても、土地や財産をとられるのではないかと警戒された」と振り返る。

 粘り強い交渉の末、町が一五年にまとめた第二次災害復興計画の中に位置付けられ、二十九人の地権者が参加。建設に必要な農地転用も許可された。町内では、ほかに二つのメガソーラー計画が並行して進んできたが、いずれも大企業グループが出資。住民主導は、遠藤さん夫妻のプロジェクトだけだ。

 陽子さんは言う。「美しかった田んぼがパネルで埋め尽くされるのは複雑な気持ちだが、現状で農業は難しい。事業終了後も太陽光発電を続けるか、農地に戻すかは将来の世代が決めること。多くの選択肢を残すのが私たちの役目です」

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