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【社会】

霞が関ビル、地震受け流し50年 日本初の超高層建築

完成50周年を迎える霞が関ビル(手前中央、奥は国会議事堂)=東京都千代田区で、本社ヘリ「おおづる」から

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 国内初の超高層ビル「霞が関ビルディング」(東京都千代田区)が十二日、完成五十周年を迎える。当時最先端の耐震技術を取り入れ、地震国・日本でも摩天楼建築が可能なことを示した記念碑として、今も存在感を示し続けている。

 所有する三井不動産によると、戦後復興期、当初は九階建てで計画された。建築基準法で三十一メートルの高さ制限があったためだが、一九六三年の法改正で制限が撤廃された。地上三十六階、高さ百四十七メートルに計画を変更し、六八年に完成した。最上階に関東平野が一望できる展望台があり、多い日は一万人が来場した。

 七〇年に高さ百五十二メートルの世界貿易センタービル(港区)が誕生するまで、日本最高を誇った。

 建設にあたっては、地震による倒壊の記録がない上野・寛永寺の五重塔に着目し、建物を揺らしながら振動を分散・吸収する「柔構造」を初めて採用した。超高層化で必要なオフィス面積を確保できたため、敷地面積の七割近くを広場にした。ビルの関係者でなくても自由に出入りできる初めての「公開空地」だった。

 軽量コンクリートや自力でビルを上るタワークレーンなど四十件に上る特許は、現在の高層建築の基礎技術になった。八八年の東京ドーム完成までは、大きな容積を例える際に「霞が関ビル何杯分」との表現が使われた。

 五十周年を記念し、霞が関ビルの壁面にプロジェクションマッピングで幾何学模様を映し出すイベントが、五月末まで続く。 (神野光伸)

 

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