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【社会】

<取材ファイル>鉄パイプ落下で死亡の建築マン 事故から1年半、妻の思い

仏壇に向かって手を合わせる飯村冨士子さん=東京都新宿区で

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 二〇一六年十月、東京・六本木の工事現場で鉄パイプが落下、夫婦で歩いていた飯村一彦さん=当時(77)=の頭に直撃して死亡した事故から一年半。最愛の夫を失った妻の冨士子さん(75)=新宿区=は喪失感から抜け出せず、夫の遺影に語りかける日々だ。現役時代は建築マンとして無事故を信条としていた一彦さん。冨士子さんは願う。「主人の死を無駄にせず、安心して歩ける街にしてほしい」 (加藤健太)

 事故は午前中の六本木通りで起きた。作業員がマンション外壁工事の足場を解体中、十階付近から鉄パイプ(長さ一・九メートル、直径三センチ)が落ちた。一彦さんははり治療に向かう途中で、付き添いの冨士子さんはすぐ前を歩いていた。

 歩道には落下物が当たらないようにするため、車道寄りに細い通行帯が設けられていたが、鉄パイプはその通行帯に落ちてきた。二〜三階部分には防護パネルが設置されていたが、資材を下ろすためにそこだけ外されていた。

 茫然(ぼうぜん)と立ち尽くす冨士子さん。夫のいつもの言葉が頭をよぎった。「工事現場の近くを通るときはよく注意した方がいい」

 大学で建築を学んだ一彦さんは、大手ゼネコン「鹿島」に入り、ホテルオークラ別館(港区)や三井物産ビル(千代田区)の建設に現場で携わった。

 尊敬していた上司は、十二日に完成五十年を迎えた国内初の超高層ビル「霞が関ビル」(千代田区)を手掛けた故・二階盛(せい)さん。結婚式の仲人を引き受けてもらったほどで、夫妻も事故の一カ月後に結婚五十周年を迎えるはずだった。

 無事故至上主義を貫いた偉大な先輩の姿勢を受け継いだ一彦さん。台風が近づくと、足場は崩れないか、資材は固定されているかと、いつも気にしていた。「ちょっと見回りに行ってくる」と夜中に出掛けることもあった。

 警視庁は昨年十二月、業務上過失致死容疑で、現場監督の男性ら二人を書類送検した。足場の留め具が外れていたため、鉄パイプが落ちたと結論づけた。

 納得できない冨士子さんは一彦さんの友人の協力で実際に足場を組み、弁護士らと実証実験を繰り返した。その結果、業界で広く行われている手順で足場を組めば、留め具が外れただけでは鉄パイプは落ちないはずだとして、東京地検に再捜査を求めている。

 「あのとき、なぜ私が前を歩いてしまったんだろう」。冨士子さんは今もそう悔いている。「毎晩、遺影に話しかけています。その日にあったことや、なぜ先に逝ってしまったのと愚痴をこぼしたり…」

 事故後、街を歩くのが怖くなり、工事現場の近くを通るときは緊張する。東京五輪・パラリンピックを控え、都内は再開発が進む。

 冨士子さんは夫に代わって強く願う。「建築ラッシュの今こそ、工事現場に関わる人には、危険と隣り合わせの場所なのだと、あらためて胸に刻んでほしい」

 

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