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【社会】

熊本「本震」2年 絶たれた青春、涙の献花

熊本地震の本震で倒壊した熊本県南阿蘇村のアパート跡を訪れ、犠牲になった脇志朋弥さんを悼み花を手向ける母千鶴子さん(右)と父忠行さん=15日

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 最大震度7を二度観測し震災関連死を含め二百六十七人が犠牲となった熊本地震は、二度目の激震「本震」の発生から十六日で二年。土砂崩れや建物倒壊で多くの人が亡くなった熊本県・阿蘇地域を中心に十五日、遺族らが追悼の祈りをささげた。

 本震は二〇一六年四月十六日午前一時二十五分に発生。建物倒壊などの「直接死」は、南阿蘇村の十六人をはじめ県内で計四十一人に上った。同村では学生アパートが倒壊し東海大阿蘇キャンパスに通う農学部生三人が亡くなった。

 南阿蘇村は十五日、追悼式を開き、約二百八十人が出席。犠牲となった農学部四年脇志朋弥(わきしほみ)さん=当時(21)=の母親で鹿児島県南大隅町から参列した千鶴子さん(56)は「娘は研究をしたがっていた。今頃は大学院に進学していたのかなと思う」とハンカチで涙をぬぐった。

 阿蘇キャンパスの追悼式では、三年の浦谷柚穂さん(20)が「志半ばで亡くなった先輩や同級生の分まで前を向いて歩いて行く」と誓った。

 南阿蘇村ではこのほか、阿蘇大橋の崩落現場など被災箇所を巡るウオークラリーがあり約百人が参加。東海大三年の古堅(ふるげん)あさひさん(22)が語り部として本震の日に他の学生たちとキャンパス内のグラウンドで一夜を明かした体験を涙ながらに語った。

 二度の激震で震災関連死を含め四十三人が犠牲となった益城(ましき)町も追悼式を開催。妻益子さん=当時(72)=を震災関連死で亡くした久保征明さん(75)が「さらに『人の命を大切に』『災害に強い町に』と願うことが、命を落とされた方々の思いを生かすことになると思います」と述べた。

 西原村の追悼式では本震で自宅が倒壊し義父重義さん=当時(83)=を亡くした大久保厚美さん(55)が当時の夜の緊迫した状況を振り返った。

 

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