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【社会】

結城紬 細る糸 「紡ぎ手」職人 産地が後継者育成へ

植野智恵さん(左)による糸紡ぎの実演を見つめる参加者たち=茨城県結城市で

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 日本を代表する高級絹織物で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産にも登録されている結城紬(ゆうきつむぎ)の生産の先行きが危ぶまれている。材料の糸を紡ぐ職人「糸取り」が減少し、高齢化も著しいためだ。産地・茨城県結城市の関係者が、後継者の養成に乗り出した。 (越田普之)

 「糸がなくなれば結城紬もなくなる。絶やさないためには、一人でも多くの方の力添えが必要だ」。結城市で二月上旬に開かれた会合で、本場結城紬卸商協同組合の藤貫成一副理事長(56)が訴えた。

 この日は、初めて糸を紡ぐ人向けの道具や糸の見本、解説DVDなどを貸し出すための説明会。借りた人は一定期間内に決められた量の糸を納め、対価を受け取る。定期的な講習会でスキルアップを促し、職人として定着してもらう。

 参加者は二十六人。結城市の森律子さん(41)は母親が糸取りで、以前から興味があったという。「糸が足りなくなりそうだとは知らなかった。地元の伝統工芸に少しでも貢献したい」と力を込めた。

 結城紬には、真綿から手で紡いだ撚(よ)りのない無撚糸(むねんし)が使われる。軽い上に暖かく、肌触りも良い特有の風合いは、この工程が鍵を握る。作業を担う職人が「糸取り」。従来は主に農家の女性たちが副業的に請け負ってきた。本場結城紬原料商共同組合の鈴木孝一理事長(62)によると、昭和五十年代は七千〜八千人ほどいたが、生活を保証するほどの収入にならず、働き口が多様化する中で年々減少。今では三百〜四百人程度で、平均年齢は七十五歳を超えているとみられる。鈴木さんは「毎年二十人くらい養成しないと行き詰まる」と危機感を口にする。

 結城紬の生産量はピーク時の昭和五十年代の二十分の一以下ともされるが、二〇一〇年の無形文化遺産登録などで復活の兆しもあり、約一年前から糸不足が深刻化してきた。そこで生産、卸など五つの組合が連携して、後継者養成に本腰を入れることになった。

 二月の説明会では山形、山梨県からの参加者もいた。糸紡ぎの実演を披露した国認定の伝統工芸士、植野智恵さん(71)は「地域だけでは担い手が足りなくなる。一人でも多くの後継者をつくりたい」と歓迎した。

◆全て手作業、起源は奈良時代

<結城紬> 結城市と栃木県小山市を中心に生産されている絹織物。全工程が手作業で、起源は奈良時代とされる。糸紡ぎ、絣(かすり)くくり、地機(じばた)織りの3工程は、1956年に国の重要無形文化財に登録。結城市では、市長や市議らが結城紬の着物で定例会に臨む「紬議会」も開催している。

 

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