東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 4月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

原発事故公判 津波対策を上層部取り合わず 東電社員、当時の経緯証言

 東京電力福島第一原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣三被告の第七回公判が十七日、東京地裁(永渕健一裁判長)で開かれた。第五回公判からこの日まで、東日本大震災前に東電で津波予測を担当した男性社員が出廷。現場レベルで巨大津波への対策の必要性を訴えたが、上層部が取り合わなかった当時の社内状況を証言した。

 福島第一原発への津波予測では、東電の子会社が二〇〇八年三月、国の地震調査研究推進本部の長期評価を基に、最大高さ一五・七メートルに上ると試算。東電の「地震対策センター」で課長などを務めていた男性は、この試算を前提に、防潮堤設置などを進言したところ、被告の武藤栄元副社長(67)は設置に向けた対策を指示したが、同年七月に対策は見送られたという。男性は「津波対策が保留になり、力が抜けた」と振り返った。

 その後、「津波対策は不可避」と記載した社内会議用の資料を作成。〇九年六月ごろ、関係部署が連携した対策会議の設置を上司に提案したが、不要とされたことも明かした。男性は「甘受するしかなかった」と当時の心境を吐露。自らが昇進後の一〇年八月に設置が実現したという。

 震災の四日前、旧原子力安全・保安院に一五・七メートルの津波の試算結果を伝えたところ、担当者から「指導もあり得る」と言われ、同日中に武藤元副社長にメールで伝えたが、返答がないまま震災を迎えたという。

 長期評価について「当時も現時点でも取り入れるべきだと思っている」と述べる一方、「原子炉を止めてまで対策するという切迫性はなかった」「対策を講じていても敷地への浸水は防げなかった」とも語った。

 閉廷後、被害者参加代理人の海渡雄一弁護士は「男性社員の三日間の証言で、武藤氏が了解すれば、津波対策は動く状況だったことが明らかだ」と指摘した。

 被告は他に、勝俣恒久元会長(78)と、武黒一郎元副社長(72)の二人。三人とも「対策を取っても事故は防げなかった」と無罪を主張している。公判は今後も、東電関係者らの証人尋問が続く。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報