東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 5月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

多摩川の渡し、ご近所交流再び 宇奈根 13日にイベント

本番に向けて、舟の先頭に立って棹さしの練習をする子どもたち=東京都世田谷区と川崎市境の多摩川で(木口慎子撮影)

写真

 東京都と川崎市の境界線となっている多摩川の下流で、戦後に姿を消した「渡し舟」の復活イベントが相次いでいる。両岸には「同じ地名」を持つ町が多い。川を挟み地域の交流が活発だったころの名残だ。川の流れが、自治体の垣根を越えて住民の心をつないでいる。(神谷円香)

 多摩川で、舟に乗った子どもが棹(さお)を川底に突き立てる。十三日に開かれる五回目の「宇奈根(うなね)の渡し」を前にした船頭の練習だ。棹は長さ三メートルもある。世田谷区立喜多見中学校三年、諸橋紅芽(こうめ)さん(14)は「思ったより重かった」と笑った。

 宇奈根の渡しは四年前、地元児童館の活動として始まった。諸橋さんは初回から毎年、イベントの実行委員を務めている。「地元のお年寄りに歴史を教わりました」

 宇奈根の地名は、世田谷区と川崎市高津区の多摩川沿いに向かい合って存在する。川崎側は、もともと世田谷の飛び地だった。一九一二(明治四十五)年に行政区域は分かれるが、その後も多くの農家は川の両岸に田畑を所有した。それぞれ自分の舟で日常的に川を往復した。

 曽祖父の代から多摩川で漁師をしていた鈴木光吉さん(83)は中学生のころ舟を操った記憶がある。アユやウグイを捕り、対岸の川崎の畑に家族を乗せて渡った。復活プロジェクトのため話を聞きに来た子どもには、舟の作り方や、船頭のやり方を教えた。今年は一回り大きな七メートルの舟を新造した。「舟に乗った子は顔が違う。うれしそうだ」と本番を楽しみにしている。

 宇奈根の渡しの乗船券は地元で配布済み。午前十一時〜午後二時半、世田谷区側の河川敷に、子どもたちが企画したゲームや飲食のブースが並ぶ。問い合わせは喜多見児童館=電03(3417)9151=へ。

◆渡し場 かつては45カ所

 NPO法人多摩川エコミュージアム(川崎市)によると、かつて多摩川の渡し場は上流も含めると45カ所はあったという。渡し場の復活は10年ほど前に始まり、現在は宇奈根、「二子の渡し」(世田谷区−川崎市高津区)、「丸子の渡し」(大田区−川崎市中原区)の3カ所で毎年開かれている。川崎市多摩区の対岸の狛江市でも地元有志が「登戸の渡し」の復活を企画している。昨年11月には、関係者が一堂に集まる「多摩川渡し場サミット」が開かれた。

 多摩川両岸には、宇奈根のほか、等々力、瀬田、野毛、二子など似た地名や駅名が数多い。大雨のたびに氾濫を繰り返し、流れがしばしば変わり、つながっていた集落を分断したためだ。世田谷区玉川総合支所街づくり課の谷亀緑郎課長(58)は「人の歴史より多摩川の歴史の方が古い。村の土地が川で分かれても一つの村にしていた」と話す。

写真
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報