東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社会 > 紙面から > 5月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

津本陽さん死去 歴史小説「下天は夢か」

写真

 戦国武将を題材にした歴史小説や剣豪小説で知られる作家の津本陽(つもとよう)(本名寅吉(とらよし))さんが二十六日、誤嚥(ごえん)性肺炎のため東京都内の病院で死去した。八十九歳。和歌山市出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は妻初子(はつこ)さん。後日、お別れ会を開く。

 古式捕鯨を続ける明治期の和歌山県太地村の人びとの姿を描いた「深重(じんじゅう)の海」で一九七八年、直木賞を受賞。その後、上京して社会派小説や、「明治撃剣会」「千葉周作」など剣豪小説を手がけた。

 八九年に織田信長の実像に迫る「下天は夢か」を刊行。情報戦に着目した新しさや尾張弁で話す信長を登場させたことで話題になり、ミリオンセラーとなった。九〇〜九三年、豊臣秀吉を主人公に本紙に連載した「夢のまた夢」で吉川英治文学賞を受賞。九七年には徳川家康の生涯を主題にした「乾坤(けんこん)の夢」を出し、“夢三部作”を完結させた。

 戦国大名ではこの他、武田信玄、前田利家、伊達政宗などについて執筆。「幕末巨龍伝」をはじめ幕末維新の作品も多く、九八〜二〇〇〇年に坂本龍馬を主人公にした「奔馬(ほんば)の夢」(単行本タイトルは「龍馬」)を本紙に連載した。

 〇五年菊池寛賞。「津本陽歴史長篇全集」(全二十八巻)がある。

◆はかない戦国の「夢」 戦争体験元に

<評伝> 信長、秀吉、家康の天下取りを描いた「下天は夢か」「夢のまた夢」「乾坤(けんこん)の夢」の“夢三部作”をはじめ、津本陽さんの歴史小説には表題に「夢」の字の入った作品が多い。その理由を本人に尋ねたとき、「工員が四人で何かを担いでくると思ったら両手両足のない人の死体でした。人も死ねばただの異物でしかないのです。そういう光景を何度も見てしまうと、現実の世界で、例えば天下統一というような大きな仕事をしても、一瞬の満足にすぎないのではないかと思ってしまう。戦時中の体験からくるむなしさですね」と話していたのを思いだす。

 津本さんは、旧制和歌山中学時代に勤労動員された川崎航空機明石工場(兵庫県明石市)で、多数の即死者を出した米軍の爆撃に遭遇し、和歌山でも市の中心部が壊滅する空襲を目の当たりにしている。作家の虚無感の背景にはこんな戦争体験があり、それが津本文学の原点になっていた。

 代表作の「下天は夢か」は、十六歳の信長が誰かに攻められる恐怖から、城内の廊下や座敷が血の海になる幻想にさいなまれて眠れぬ一夜をすごす場面から始まる。戦国を生きる信長の恐怖は津本少年が昭和の大戦で味わった爆撃の恐怖と重なっていたのだ。

 津本さんは精彩のある筆致で合戦の様子を繰り返し描いてきたが、作品には藤吉郎時代の秀吉が恐怖感で心を凍らせる軍兵の士気を上げるために大量の濁り酒を買い求める、というような話がよく出てくる。膨大な史料に基づく鋭い歴史の分析と独自の人物解釈に定評があったが、こうした兵士の心理や戦の本質をリアルにとらえることができたのは戦争体験からくる洞察があったからだろう。

 戦争を知らない世代のリーダーとその取り巻きが戦争のできる国を目指して暴走する危うい時代に、もっと書き続けてほしい作家だった。 (編集委員・後藤喜一)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報