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【社会】

平和のガラス、輝き再び さいたまの工房修復 広島の聖堂へ

修復したステンドグラスの点検作業=さいたま市西区のバロックで

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 国内有数のステンドグラス工房バロック(さいたま市西区)で進められていた国の重要文化財・世界平和記念聖堂(広島市)のステンドグラスの修復作業が完了した。原爆犠牲者を慰霊し、平和を祈る聖堂に色鮮やかな光が再び差し込む。 (牧野新)

 「文化財のステンドグラスの修復は例が少ない。大規模な作業で一切、気を抜けなかった」とバロック代表の臼井定一さん(70)。

 米国で技術を学び、二十代の一九七五年、バロックを設立。学校などの公共施設や個人宅向けに年間百件超のステンドグラスを制作し、国内随一の実績を誇る。二〇一三年の「あいちトリエンナーレ」では北野武さんの作品を原画にしたステンドグラスを披露。今回の修復も繊細な技と豊富な経験を買われた。

 聖堂のステンドグラスは、大小さまざまな色ガラス数片〜数百片を組み合わせて作った八百八十八枚。世界平和を願い、ドイツやオーストリアなどから贈られ、一九六二年に設置された。二〇一六年から行っている聖堂の耐震補強工事の一環で、ステンドグラスも修復の対象に。五十年以上風雨にさらされ、割れたり、塗装がはげたりし、修復の必要があったのは三百二十八枚に上った。

 修復に求められたのは、文化財としての歴史的価値を残すため、材料の取り換えを極力減らすこと。色ガラス同士を合わせる鉛線はごく薄く、さびた部分が多かった。さびをナイフで丁寧に削り、鉛線を傷つけないよう慎重にハンダ付けをした。新しいガラスにはわざと汚れを付け、全体と調和させる工夫をした。

 三月下旬、臼井さんは修復したステンドグラスを工房に並べ、設置当時の写真と見比べて仕上がりを確認した。文化財の修復を監督する関係者からは「手間を掛けてなるべく古い材料を残してある。努力の結果だ」と納得の声が上がった。今月下旬から聖堂に取り付ける作業に入る。

 臼井さんは「ステンドグラスの神秘的な魅力を日本で広めようと、技術を磨いてきた。悩みながらも試行錯誤してやり切ることができた。聖堂のステンドグラスが今後も人類に世界平和を訴え続ける存在であってほしい」と穏やかに話した。

 バロックは十七日、修復したステンドグラスを工房で一般に公開。臼井さんが修復について説明する。時間は午前十時〜午後四時半、入場無料。問い合わせはバロック=電048(778)8071=へ。

原爆犠牲者を慰霊する世界平和記念聖堂=広島市で(世界平和記念聖堂提供)

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<世界平和記念聖堂> 1945年の原爆投下で全焼したキリスト教会跡地に、原爆犠牲者の慰霊と世界平和の実現を願い、54年に建設された。20世紀を代表する建築家・村野藤吾の設計。戦後建築として初の国指定重要文化財に指定された。老朽化に伴い、2016年から建設会社が耐震・補修工事を受注し、公益財団法人文化財建造物保存技術協会が工事の設計と技術指導をしている。

 

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