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【社会】

秋葉原殺傷10年 重傷元タクシー運転手 消えぬ痛み

無差別殺傷事件の現場となった交差点に花を供える湯浅洋さん=8日午後0時25分、東京都千代田区外神田で

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 東京・秋葉原の無差別殺傷事件で重傷を負った元タクシー運転手、湯浅洋さん(64)は八日、現場を訪れて献花した。ほぼ毎年、事件のあったこの日に訪れていたが、「今回で最後にするつもり」という。事件で一変した十年。来春から故郷で新たな生活を始めるためのきっかけにしようと考えている。しかし、なぜ事件が起きたのか、その疑問は傷痕の痛みと共に今も消えない。 (加藤健太)

 事件が発生した午後零時半ごろ、白いワイシャツ姿で献花台を訪れた湯浅さんは、花を手向けて約一分間、静かに手を合わせた。「騒然とした情景が今も浮かんでくる。若くして亡くなった人は今頃、社会貢献をしていただろう。後世で幸せに過ごしてほしいと語り掛けた」と話した。

 十年前の六月八日。タクシーを運転中、通り掛かった交差点で加藤智大(ともひろ)死刑囚(35)のトラックを目撃し、倒れた男性を助けようと車から降りた後に脇腹を刺された。意識不明の状態から一命を取り留めたが、休職を余儀なくされ、最初の三年間は労災保険や見舞金で生活をつないだ。再びハンドルを握ったが、疲れがたまると手足のしびれが止まらなくなった。

 「これ以上の運転は危ない」。乗務を続ける自信をなくし、途方に暮れていた二年前、知人の誘いで、島根県浜田市の食品製造販売会社に転職した。

 しかし、見知らぬ土地での孤独な生活。アパートのワンルームで老後に思いを巡らせると不安は募り、来年春、故郷の宮崎市に戻ることに決めた。「得意な料理で地域の手助けをしながら暮らしたい」

 事件の約一年半後、加藤死刑囚から届いた手紙には、こうつづられていた。「取り返しのつかないことをしたと思っています」

 同じ過ちが繰り返されないよう、なぜ事件を起こしたのか知りたくて、拘置所での面会を求め、手紙を送り続けてきた。しかし、加藤死刑囚からは、面会できないことをわびる返事が届いただけで、納得のいく答えは得られていない。

 「脇腹に残る、この傷がある限り、事件のことは忘れられない」と言う湯浅さん。八日、現場で本紙などの取材に応じ「加藤死刑囚には命があるうちに、本音を語ってほしい」と訴えた。

<秋葉原無差別殺傷事件> 2008年6月8日午後0時半ごろ、東京・秋葉原で歩行者天国にトラックが突っ込んで通行人をはね、運転していた男が買い物客らをナイフで襲撃し、7人が死亡、10人が重軽傷を負った。現行犯逮捕された元派遣社員加藤智大死刑囚は「誰でもよかった」と供述。殺人などの罪で起訴され、15年2月に最高裁で刑が確定。上告審判決は「没頭していたインターネット掲示板で受けた嫌がらせに怒って犯行に及んだ」と動機を認定した。事件を契機に、ナイフ所持の規制を強化する改正銃刀法が09年1月に施行された。

 

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